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第百十三話 緊急、招集

病院では英雄。

王宮では、相変わらず問題児。


そんなマリーのもとに、王宮から緊急招集がかかります。


財政危機に揺れるブルボン家。

この状況をひっくり返すため、義叔母様が用意した「一手」とは。


そして今回は。

マリーにとって、ギロチンより恥ずかしい公開処刑が待っています。



あの記者会見以降。すっかり。わたしは、この国の英雄、だ。


もう、ギロチンなんて、こわくない。


唯一こわいのは。目の前にある。この、書類の束……。


* * *


あの一件以降。出張所の出店依頼が。今まで以上の熱量で、殺到し。新第二病棟は、患者が押し寄せ。目まぐるしい忙しさと、なった。


そして当然のごとく。わたしの仕事量も。相対的に、増えていく。


ヴァロワに、文句を言ってやろうかとも思ったけれど。ヴァロワはヴァロワで。すさまじく忙しいらしく。ほぼ、病院にいない。


寄付金が、今までよりはるかに増え。さらには「利子はいりません、返済はお気が向いたときで結構です」なんていう。逆にこわくなるような提案をしてくる出資者まで現れ。その対応に、奔走しているようだ。


代わりに。シャルティエが。病院での事実上のトップとして。何十連勤、というか。こいつ、帰ってんのか? と言いたくなるほど。仕事の虫と、なっている。


クレールも。ここ数日、泊まり込みで。仕事を処理しているっぽい。子供小さいのに、大丈夫だろうか。


うちって。こんなに、ブラックなの?


ただ。ロジエは。最近急に体調が悪くなったらしく。ほぼ、来ていない。


うちの病院の地縛霊が。本当に地縛霊に、なってしまいそうで。ちょっと、不安だ。


(注・労働基準法。前世にはあったらしい。この世界には、ない。わたしは現在、何連勤か数えるのもやめた。誰か、助けて)


* * *


そんなこんなで。わたしも当然のごとく。残業、残業の、毎日だ。


宮殿には。ほぼ、寝るためだけに、帰っている。


わたしは。悪役令嬢として、ざまぁをするべく。この世界に転生したのに。


さんざん、ざまぁくらった挙句。なんとか乗り越えたら。ブラック企業の社畜に、されていた。


……なんでー。


* * *


と。そんな生活を送っていた、ところ。


突然。王宮から。呼び出しの連絡が、来た。


このクソ忙しいのに。なんなのよ。


まぁ。最近、王宮周りがかなり騒々しいことは。知っている。暴動が、あちこちで起きているとか。新聞が、連日王宮を叩いているとか。


なんやかんやで、呼び出しくらいあるだろうとは。思っていた。


……やっぱり、きたか。


まぁ。わたしが王宮に行ったって。何もできるわけでも、ないし。


いくら病院が軌道に乗っているとはいえ。借金の完全返済には、まだまだ至っていない。金を貸してくれなんて言われたって。むしろ、こっちが貸してくれって、なもんだ。


まぁ。みんなにも、会いたいし。ルイ君にも……。


なので。わたしの机にあった書類の束を。そっと。シャルティエの机に、置いて。王宮へと、向かった。


わたしが去ったあとの理事長室からは。男の悲しげな悲痛の叫びが。響き渡ったそうだ。


あぁ。こわい、こわい。


* * *


さて。


集まったのは。王宮の、会議室。


ずらりと。王家の面々が、勢ぞろい、だ。


どうやら。わたしが、最後だったらしい。


ルイ君の横の、空いている席に、着席すると。義叔母様が。


「マリー。久しぶり。最近、夕食にも顔を見せないから。心配してたわ」


「あ、すみません。ちょっと、忙しくて」


「でも、すごいわね。今じゃ、国の英雄よ。王家として。とても、鼻が高いわ」


「ありがとうございます。一時は、どうなるかと思いましたが。何とか、無事、乗りきれたようです」


「そう。よかったわね」


義叔母様は。にっこり、笑った。


そして。その笑顔のまま。すっと、空気を。切り替えた。


「さて。それでは、始めたいと思います」


部屋の空気が。ぴりっと、引き締まった。


「議題は。皆、わかっていると思うけど。先日発行された、ネッケルの本のことよ」


「……」


「今や、王宮は。生存の危機と言ってもよい状態です。この危機に際して。私たちブルボン家は。一丸となって、対処しなければなりません」


ルイ君の弟が。口を開いた。


「そうはいいますが。どうすればいいのでしょう。すでに、宮殿内は。節約、節約で。これ以上は、もう、難しいのでは」


シャルルが。ぶすっと、した顔で。


「えぇ、もうやだよ。これ以上、僕のおこづかい、減らす気なの。いいかげんにしてよ」


……シャルルくんは。相変わらず。わがまま、らしい。


ルイ君が。静かに、言った。


「王宮勤めの官僚や貴族、全員に通達し。二割ほど、支給額を減らしましたが。かなり、不満が出ています。これ以上やれば。どうなるか。正直、僕にも。わかりません」


義叔母様が。腕を組んだ。


「そうね。正直、これ以上の倹約は。王家の威信に傷がつき。下々に、侮られかねません」


そこで。義叔母様は。ちらりと。わたしを、見た。


「そこで。私に。考えが、あります」


そう言って。懐から。一通の手紙を、取り出した。


「マリー。これを」


* * *


差し出された封筒。


見覚えのある、筆跡。


差出人は。マリア・テレジア。


お母様、だ。


「あ、お母様の手紙!! なぜ、義叔母様が?」


「あなたのお母様であられるテレジア様から。私から、直接手渡しで。手紙を渡すよう。頼まれたのよ」


なぜだろう、と。いぶかしみつつ。手紙を、開けて。読みだした。


* * *


「マリー。久しぶりね」


お母様の、文字。一文字一文字が。厳しくて、力強い。


「あなたの噂、いろいろ聞いているわよ。あなたの始めた事業が大成功して。今や、フランスの英雄なんて呼ばれてるそうね。母として。本当に、鼻が高いわ。この調子で、頑張って頂戴」


……ここまでは、いい。ここまでは、ほめてくれてる。


「ところで」


来た。


「ルイ王との子供は。どうなってるの?」


ぎくっ。


「私、言ったわよね? 何度も、何度も、言ったわよね? いい加減、どうなってるのか。いつになったら、連絡をよこすの?」


「ルイ15世死去後。バタバタしていたので。少し、様子見していましたが。そろそろ、いいんじゃない?」


「まさか、あなた。フランスに何しに行ったのか。覚えてないなんて。ことないわよね?」


「私は。病院事業を経営させるために。フランスにあなたを送ったわけじゃないのよ?」


「今回は。エリザベート様から直接。この手紙を渡してもらい。あなたの言葉を、聞かせてもらうことに、しました」


…………。


まずい。


あれやこれやと忙しくて。すっかり、忘れてた。


やばい。


マリーの顔から。サーッと。血の気が、引いていくのが。自分でも、わかる。


* * *


義叔母様が。わたしを、じっと見て。


「マリー。ということで。テレジア様からも。頼まれちゃったのよ」


「は、はぁ……」


「あなたたち。世間から、なんて言われてるか。知ってる?」


「え? なんて?」


義叔母様は。淡々と。並べた。


「ルイ16世は。性的に障害がある」


「ルイ16世とマリー・アントワネットは。不仲」


「マリー・アントワネットは。子供を産めない体だ」


一瞬の、沈黙。


そして。


「なっ!! そんなことないです!!」


「なっ!! そんなことないです!!」


見事に。ハモった。


……えっ。


わたしも。ルイ君も。同時に。まったく同じセリフを。叫んでしまった。


顔が。熱い。耳まで。真っ赤に、なっているのが。自分でも、わかる。


隣を見ると。ルイ君も。同じくらい、真っ赤に、なっていた。


* * *


義叔母様が。ため息を、ついた。


「はぁ。知ってるわよ。あんたたちが、健康で。しかも。こっちがイライラしちゃうほど。うぶな恋愛ごっこ、してるってことくらい」


ルイ君と。わたしは。同時に。うつむいた。


「でもねぇ。あなたたち。もう、いい大人よ。おまけに。結婚して、何年なの?」


「……」


「そういうのが苦手なのは。わからなくもないわ。でも。世間じゃ、許されないのよ。おまけに。あなたたちは。王と、王妃なの。立場を。わきまえなさい」


ルイ君と。わたしは。お互いの顔を。ちらりと、見合わせて。


また。二人して。うつむいてしまった。


……こんなの。


この場にいる。王家全員の前で。「子供はまだ?」って、詰められてるのと。同じじゃないの。


公開処刑だ。ギロチンより、恥ずかしい。


* * *


義叔母様は。最後に。こう、言った。


「まぁ、いいわ。とにかく。そういうこと」


「とにかく。時間を作って。二人で、話し合いなさい」


そして。わたしを。まっすぐ、見た。


「胡散臭い作り話で。窮地に立ったのなら。ポジティブなネタを提供して。返り討ちにするのよ」


その一言の意味が。わたしの頭の中で。ゆっくりと。形を、結んだ。


ポジティブな、ネタ。


ネッケルの嘘より。もっと大きな。もっと。人の心を、動かす。ニュース。


王家に。世継ぎが、生まれる。


……それは。


どんな粉飾決算書より。強い。


そういうことか。


そういうことだったのか。


* * *


会議は。それで。解散と、なった。


わたしは。廊下を歩きながら。


隣を歩くルイ君と。お互い。一言も。しゃべれないまま。


ただ。真っ赤な顔で。並んで、歩いた。


……ちょっとだけ。


ほんのちょっとだけ。


手が。触れた。


触れただけで。心臓が。爆発しそうに、なった。


……わたしたちは。


たぶん。この国で。いちばん。


うぶな。夫婦、である。

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