第百十一話 前代未聞の、記者会見
ついに始まる、前代未聞の記者会見。
帳簿も、病院も、全部見せる。
それなら疑いも晴れるはず。
……ただし。
帳簿には、王妃様が毎日のように入り浸っている「例の場所」の費用まで、しっかり載っています。
果たして無事に乗り切れるのか。
そして、病院騒動のその先で、別の火種も動き始めます。
記者会見、当日。
「なんなの。この、たくさんの人は????」
大会議場の入り口から。中を覗いて。わたしは、絶句した。
人。人。人。
席なんて。とっくに、埋まっている。壁際にも。廊下にも。人が、あふれている。
シャルティエが。焦った顔で、駆け寄ってきた。
「当たり前じゃないですか! 仮にも、王妃が。記者の前に出て、会見なんていう。前代未聞の特種ですよ! 記者はもとより。無関係の市民まで押し寄せてきて。今、病院は、パニックですよ!」
「そ、そうなのね……。ふつうはこんなの、やらないのね」
「やるわけないでしょう!」
「転生前の世界じゃ。割としょっちゅう。どっかの組織の偉そうな連中が。ずらっと並んで、土下座してたけど。この世界じゃ。やっぱ、めずらしいのね」
(注・記者会見。前世では不祥事を起こした偉い人が横一列に並んで「申し訳ございませんでした」と頭を下げるやつ。あれを見て育ったので、妙子的には普通のことだと思っていた。普通じゃなかった)
「またわけのわからないことを。それより、時間です。準備は、よろしいですか?」
「えぇ。大丈夫。シャルティエとヴァロワ。ついでにドブレがいれば。なんとかなるでしょ」
「はぁ……。王妃様は。ここぞってときは、かっこいいのに。なぜか、いつも。不安になることばかり、言うのは。なんでだろう……」
放っといて。
* * *
さて。いよいよ。
記者会見が、開かれることに、なった。
大会議場の壇上に。わたしと、ヴァロワと、シャルティエが。座る。
ドブレは。司会として。前に、立った。
「お集まりの皆様。ようこそ、おいでくださいました。それでは早速。病院経営についての。現状の収支報告を、させていただきます」
そう言うと。シャルティエが。大きな黒板に。なにやら、いろいろ書きながら。収支報告を。延々と。説明し始めた。
当初は。皆も、興味本位で。メモを走らせていたが。
一時間。
二時間。
と。時間が過ぎるうち。記者たちも。疲れが顔に出てきて。メモを取るスピードも、落ちていった。
当のわたしは。
顔は、いつもの営業スマイルながら。
脳は。完全に、寝ていた。
(王宮で培った、ニコニコ頷き技術。今日も、大活躍、である)
* * *
そして。
その長い、お経のような収支報告が、終わったところで。質疑応答の時間と、なった。
「えぇ。収支報告は、これで終了します。ここで三十分の休憩を挟んで。質疑応答に入らせていただきます。質問のある方は、挙手をお願いします。多い場合は、こちらから指名させていただきますので。ご了承ください」
はぁ。やっと、休憩。
トイレを済ませ。お化粧直し。
これから、いよいよ。本番ね。
まぁ。ヴァロワがいれば。大丈夫、か。
* * *
「では。お時間になりましたので。質疑応答に、入ります。質問のある方は、挙手をお願いします」
すると。一斉に。
大声とともに。来場者の多くが。手を上げ始めた。
「静粛に。お願いします。では、一番前の席のあなたから。自己紹介とともに。質問を、お願いします」
「福祉新聞のアンドレです。先ほどの説明では。病院経営は。黒字部門一つに、赤字部門二つと、ありましたが。赤字部門は、今後どうされるのですか? 縮小などは、考えていますか?」
ヴァロワが。立ち上がった。
「縮小の予定は。ありません。黒字部門の状況を見ながら。赤字部門は、拡大予定です。当病院は、もともと慈善病院であり。慈善福祉活動による市民サービスを行うことを、旨としています。黒字部門も、もともと。福祉活動を行うための財源として、設計されています。ただ利益を目指す民間病院とは。大きく、異なる点でもあります」
明快。
一切の隙がない。
次。また次。質問が、飛んでくる。
ヴァロワは。そのすべてに。完璧と思えるほど、明快に。答えていった。
数字を聞かれれば。数字で返す。意図を聞かれれば。設計思想で返す。
あの冷血眼鏡が。今日ばかりは。頼もしくて、仕方がない。
そして。
* * *
「決算報告中で。王妃執務室の光熱費の項目が。やたら高いのは。なぜですか?」
ぎくっ。
背筋に。冷たいものが。走った。
風呂だ。
わたしの、あの風呂の。光熱費。
ばれる。ばれたら。「王妃が病院に私的な風呂を作って。毎日入り浸っている」と。書かれる。
今度こそ。本当に。毒婦、確定である。
終わった。
と、思った。その瞬間。
ヴァロワが。何事もなかったかのように。立ち上がった。
「当病院は。衛生面を、重視しております。特に来客の多い執務室は。常に清潔を維持するため。熱湯による消毒を、行っております。執務室は大きいので。どうしても費用が、かさんでしまうのです」
記者が。
「はぁ。なるほど……」
と。なんとも、わかったようなわからないような。微妙な顔を、していたが。
それ以上は。追求して、こなかった。
……ヴァロワ。
ナイス。
ナイスすぎる。
嘘は言ってない。消毒用に熱湯を使っている、は。間違いではない。
ただし。その熱湯に。わたしが、肩まで、つかっているだけで。
* * *
そして。
無事。記者会見は、終了した。
その効果は。すさまじかった。
次の日。国中の新聞の一面は。記者会見の内容で、埋め尽くされた。
「王妃、帳簿を公開。経営は健全」
「前代未聞の記者会見。全収支を開示」
「市民のための慈善事業。その実態は?」
反響も。すさまじかった。
特に。険悪な空気が流れていた第一病棟では。わたしが通りかかるたびに。歓声が、鳴り響き。まさに。英雄扱い、である。
昨日まで。お前ら。毒婦、言うてたじゃん。
なに。この。手のひら返し。
……もう。
何度目だ。これ。
もう、怒る気力も。呆れる気力も。ない。
ただ。うちの子たちが、安全になったなら。それで、いい。
わたしは。営業スマイルで。手を振った。
* * *
かくして。
病院の危機は。なんとか、乗り越えた。
けれど。
あの本に書かれた、もう一つの爆弾。
注釈に隠された。国家の、巨額の借金。
それは。まだ、そこに。あるのだ。
病院という便利な叩き先が、消えたことで。大衆の怒りは。次の標的を、探し始めている。
そして。その怒りが、向かう先は。
わたしの病院では、もう、ない。
もっと、大きな。もっと、きらびやかな。
あの建物だ。
ヴェルサイユ宮殿。
ルイ君の、いる場所。
……本当の危機が。
待っていようとは。
このとき。わたしには。想像も、つかなかったのである。




