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第百十話 火に、油

釈明したら、余計に燃えました。


正論でも、数字でも、燃えるときは燃える。

そんな地獄みたいな状況で、マリーが思いついた次の一手は――記者会見。


帳簿も病院も、全部見せる。

当然、見せたくないものまで見えるわけですが……。


王妃様、いよいよ記者の前に立ちます。



大見得を切って、出て行ったドブレだが。


結果だけで、言えば。


さんざん、だった。


* * *


次の日。早速。新聞の第一面に。でかでかと。


マリー・アントワネット記念病院の経営状態は健全である、と。釈明記事が、載った。


数字を並べ。反論を書き。「あの本の決算は悪意ある切り取りだ」と。プロの記者として。渾身の記事を、書いたのだろう。


けれど。


沈静化するどころか。逆に、炎上した。


よくある話だ。


釈明すれば、するほど。胡散臭い。だまされた。と。勝手にネガティブな妄想が、蔓延し。


挙句。「王妃は新聞社に多額の金を払って、新聞を買収した」という噂まで、流れ出した。


……知ってた。


こうなることは。前世のSNSで。嫌というほど、見てきた。


炎上しているときに。正論で反論すると。燃える。


データで反論しても。燃える。


黙っていても。燃える。


何をやっても。燃えるときは、燃えるのだ。


そして。釈明した人間は。必ず、こう言われる。


「必死に言い訳してるってことは。やっぱり後ろめたいんだろ」


……ドブレ。


あんたのプロの腕は。認める。


けど。炎上の消火だけは。プロでも、無理なのよ。


* * *


こうなってしまっては。もう。


ひたすら地道に、説明を繰り返し。信用を取り戻す、地道な草の根活動しか。手はなくなってしまった。


……と。みんなが、思っていた。


そんな苦境の中で。今日は。いつもの、幹部会である。


「では。今月の定例会議を、始めたいと思います」


「最高幹部会……いえ、なんでもないです」


いつものように。ヴァロワに、睨まれた……。


* * *


「知っての通り。例の本によって。当病院は、大きな打撃を、受けています」


ヴァロワは。淡々と、続けた。


「幸い。当病院の主力である。貴族向けの第二病棟には。大きな影響は出ておらず。経営に、致命的な打撃は、ありません」


「ふん」


「しかし。市民向け第一病棟は。明らかに患者数が減り。病院スタッフに対する嫌がらせも、増えてきており。非常に困難な状況に、直面しています」


ロジエが。難しい顔で、続けた。


「困ったものです。先日も。うちの看護婦が。帰宅の際、誰かにつけまわされたと。おびえておりました。このままでは。第一病棟は、立ちゆかなくなります」


「……」


クレールが。口を開いた。


「出張所のほうは。一時は騒ぎになりましたが。今は落ち着きを、取り戻してきています。もともと地元民への説明として。『地元の収支で運営する』と伝えてきたので。本部の騒ぎは。どこか他人事、といった雰囲気のようです」


なるほど。出張所は無事。助かった。


けれど。肝心の本部が、ボロボロ。


「はぁ……。うちは健全で。まっとうな商売してるのに、叩かれて。嘘八百並べたてた財務省は、英雄扱いって。意味わかんない」


そう吐き捨ててから。わたしは。ヴァロワを、じっと見た。


「ねぇ、ヴァロワ。本当に。うちは、やましい金とか。ないんでしょうね」


ヴァロワは。眼鏡をかけ直しながら。


「はい。うちは、いたって。経営状態は、健全です。毎月の支出より、収入のほうが大幅に上回っており。その売り上げで。今では旧病棟も、すっかり様変わりし。非常に衛生的な運営が、できております」


「うん」


「あれを見ていただければ。うちは問題ないと。わかっていただけると、思うのですがね」


あれを。見ていただければ。


その一言が。わたしの頭の中で。ぴかっと、光った。


* * *


「じゃぁ、いっそ。記者会見って、どうよ」


「記者会見???」


ヴァロワが。素で、聞き返した。


初めて見た。この男の「???」顔。


「えぇ。ドブレ一人が、どんなに釈明記事書いたって。逆に炎上しちゃったじゃない。だから。国中の記者、全員集めて。帳簿も、病院の中も。全部、見せつけてやるのよ」


部屋の空気が。一瞬、固まった。


すると。シャルティエが。申し訳なさそうに。


「そうすると。王妃様が、毎日こっそり入りに来てる。お風呂の光熱費や。結構高価な、おやつ代なども。全部、見られてしまいますが。いいのですか?」


うっ。


痛いとこ、突いてくる。


「し、しかたないじゃない! このままじゃ。うちの子たちが、危険な目に遭うかもしれないし。それくらい大丈夫。文句があるなら。週三、いや、週二に減らすって言えばいいんでしょ」


「風呂通いは。やめてもらえないのですね……」


やめない。ぜったいに、やめない。


わたしから風呂を取ったら。もう何も、残らない。


* * *


そんなこんなで。


病院の大会議場を使っての。記者会見を開くことと、なった。


あとは。当日まで。できることを、やるだけだ。


ドブレには。記者の招集と、会見の段取りを。ヴァロワには。帳簿の整理と、想定問答を。シャルティエには。会場の準備を。


わたしは。何をするかって?


当日まで。営業スマイルの練習と。風呂に入ること。


これが。わたしの、仕事、である。


……いや。本当は。めちゃくちゃ、こわい。


記者の前に出て。何を聞かれるか、わからないのに。笑顔で座る。


前世だったら。記者会見なんて、偉い人がやるもので。わたしみたいな女子高生には。一生、縁のないものだと、思っていた。


なのに。


やることに、なってしまった。


十八世紀の、フランスで。


……まぁ。


やると決めたからには。やるしか、ない。


腹を、くくろう。


胃は。くくれないけど。

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