第百五話 テュルゴーって、誰?
今回の主役は、フランス財政を振り回す財務長官たちです。
テレー、テュルゴー、そしてネッケル。
歴史上では有名人ですが、王妃様にとっては「病院経営を遠隔操作で邪魔してくる知らないおじさんたち」でしかありません。
会ったこともない相手に、人生と請求書をかき回される理不尽をお楽しみください。
第二病棟のオープンが、間近に迫った、ある日。
シャルティエが。血相を変えて、理事長室に入ってきた。
「王妃様、大変です!!」
「何よ。このクソ忙しいときに、うっさいわね。用があるなら、三行で言いなさい。時は金なりなのよ」
こちとら。請求書の山と格闘中である。一秒も無駄にしたくない。
しかし。シャルティエは、三行どころか。一言も待てない顔で。
持っていた新聞を。わたしの机の上に。ばさっと、広げた。
「この新聞、見てください!」
「えーっと。なになに……」
一面の見出しに。目を落とす。
【テュルゴー財務長官、解任】
「テュルゴー長官、解任ですって!?」
シャルティエ「そうなんですよ! わたしも今日、新聞で初めて知りまして。びっくりして、王妃様にお知らせしようと思って。大慌てで、ここに来た次第です」
「へぇ。そうなの……」
わたしは。新聞を、もう一度見た。
テュルゴー。
テュルゴー、ねぇ。
「……ところで」
「はい?」
「テュルゴーって、誰?」
* * *
沈黙が、落ちた。
シャルティエが。完全に、固まった。
口が。半開きのまま。ぴくりとも、動かない。
まるで。時間が止まったかのように。
「……ちょっと。どうしたの?」
返事が、ない。
瞬き、すら、していない。
壊れた?
そんなやりとりを。横で見ていたヴァロワが。
深い、深い。ため息を漏らしながら。話に、割り込んできた。
「テュルゴーは。財務長官です」
「うん」
「すなわち。わたしたちの上司です」
「うん」
「今まで。物価高や物流で、大揉めしていた。張本人です」
「うん」
「穀物の自由化で、買い占めが起き。道路工事の賃金法で、輸送費が跳ね上がり。うちの経営を、散々圧迫してきた。あの政策を打った人物です」
「……うん」
「まさか。王妃様ともあろうものが。知らなかったんですか?」
* * *
「え……や、やぁね。冗談ですわよ。おほほほほほ」
頬が。引きつる。
冷や汗が。背中を流れる。
やばい。話を変えなければ。
「と、ところで! なんで急に、解任になったの。まだ就任して、そんなに経ってないよね? なんか大きなポカでも、しちゃったの?」
「王妃様じゃあるまいし。そんなことは、していません」
言い方。
「ただ。急な改革を断行したことで。どうしても反発が抑えられなくなり。その責任を取って、辞任することに、なりました」
「そうなのね……」
ふうん。
あの。物価が跳ね上がったのも。輸送費で、うちが苦しんだのも。ぜんぶ、この人の政策だったのか。
ヴァロワは、前に言っていた。「行われている政策自体は、非常に理にかなっています」と。「理想と現実は、必ずしも同じ速度では動きません」と。
正しいことをしたのに。タイミングが悪すぎて。責任を取らされた。
……なんか。
ちょっとだけ。テレーと、似ているな、と。思った。
やり方は、ぜんぜん違うけど。結局、国のために動いて。最後は切られる。
財務長官って。損な役回り、なんだな。
* * *
「ところで。次は誰が長官に就任するか、決まっているの?」
ヴァロワ「まだ正式ではありませんが。ネッケルという方が、就任するのではないかという噂が、濃厚ですね」
「どんな方なの?」
ヴァロワは。少しだけ、間を置いた。
「大変優秀な方で。大衆に、大変人気のある方です」
「へぇ。テレーとか、テュルゴーは。国民から嫌われてた印象だけど」
「テレー前長官も、テュルゴー前長官も。行動力のある方たちでした。ですが。どうも、カリスマ性という点では。いまひとつ、でしたね」
「ふんふん」
「ネッケル氏は。口がうまいと言いますか。大衆がどう動くかを見極めるのが。非常にうまい方なのです」
「大衆を、動かすのがうまい……」
「はい。やり方的に。わたしは、あまり好きではありませんが。能力自体は、わが国でも一、二を争う実力者であることに。間違いありません」
ふうん。
大衆に人気があって。口がうまくて。人の動かし方を、知っている。
「へぇ。インフルエンサーみたいなもんかな」
ヴァロワ「インフル??? また、よくわからないことを……」
いや。わたしには、わかる。
前世で、さんざん見てきた。
フォロワー数で殴るタイプの人間。数字を武器にして、世論を動かす。そういう人種。
使い方次第で。味方にも、敵にもなる。
そして。たいてい。味方のふりをしている時が、一番危ない。
……なんて。
わたしが、そんな鋭いことを考えてるはずがないでしょ。
ただ。前世の踊ってみたサイトで。インフルエンサーにリツイートされて一瞬バズったあと。飽きられてフォロワーが激減した。あの苦い記憶が。なんとなく。頭をよぎっただけ。
* * *
「まぁ、何にしろ」
ヴァロワは。眼鏡をかけ直した。
「やっと軌道に乗ってきた病院経営に。ケチをつけられないよう。王妃様は、馬車馬のように働いてくだされば。よいのです」
こいつは。いつもいつも。
言い方!!
「……ねえ、ヴァロワ」
「はい」
「テレーが作って。テュルゴーが引っかき回して。今度はネッケルが来る。財務長官って。ころころ変わるのね」
「はい。この国の台所事情は。それだけ、厳しいということです」
「そのたびに。うちの経営も、振り回されるわけ?」
「はい」
「……はぁ」
わたしは。机に突っ伏した。
テレーの名前は、覚えた。あいつは、わたしの人生を、めちゃくちゃにしてくれたから。
テュルゴーの名前は。今日、初めて知った。
というか。あの人、一回も会ったことないのに。わたしの病院経営を、こんなに振り回してたの?
会ったこともない人に。人生かき回されるって。なんか。すごく、理不尽。
「……次のネッケルとかいう人は。せめて、うちの邪魔しないでくれるといいんだけど」
ヴァロワは。何も、答えなかった。
その沈黙が。
また。一番、こわかった。




