第百四話 風呂、ありました
ついに完成した、貴族向けの新二号病棟。
大理石の床。金色の装飾。巨大な王妃執務室。
どう見ても病院ではなく、ほとんど宮殿です。
そして、その奥で王妃様を待っていたものは。
念願の、お風呂でした。
なお、当然ながら。
借金も増えています。
あれから。何か月かが、過ぎ。
ついに。
新二号病棟が、完成した。
いや、まあ。
なんというか。
……宮殿???
新一号病棟は。機能性を重視した、近代的な建物だった。
無駄を省き。患者と医師が動きやすく。清潔で、明るく、使いやすい。
対して。新二号病棟は。
とにかく。豪華、だった。
まず。入口を入った瞬間。
いったい何を司っているのか。まるで意味のわからない女神像が。どーんと、出迎えてくる。
床は、大理石。
廊下には。足が沈み込むほど、ふかふかの絨毯。
柱や壁には金色の装飾が施され。天井からは。病院には絶対いらない大きさの、シャンデリアが、ぶら下がっている。
これでもか。
これでもか。
これでもかと。
金が、かかっている。
「……いったい。どこに、こんなお金が、あったのかしら」
わたしが、ぽつりと呟くと。
なぜか。
周囲にいた全員が。すっと、目をそらした。
……うん。
聞きたくない。
見たくない。
たぶん。詳しく聞いたら。絶対に、胃が痛くなる。
* * *
というわけで。
今日は。そんな豪華絢爛な新二号病棟を。
いつものメンバーに。新しく加わった幹部連中。さらに。仕事が暇だったらしいスタッフたちまで引き連れて。
ぞろぞろと見学する。完成披露ツアー、である。
「おお……」
「これは……」
「すごいですね……」
皆が。
声になっているような、なっていないような声を漏らしながら。
高そうな壁。
高そうな扉。
高そうな椅子。
高そうな、よくわからない壺。
などを、順番に眺めていく。
そして。
貴族専用病室が並ぶ。一番目立つ廊下の中央で。
わたしは。
その扉を、見つけた。
ほかの部屋より、明らかに大きく。
王家の紋章が、これでもかと掲げられた扉。
その上には。金色の文字で。
こう書かれていた。
『王妃執務室』
「…………」
わたしは。しばらく。
無言で、その文字を見上げた。
「これ。必要?」
誰も。
答えなかった。
* * *
わたしは。驚きつつも。恐る恐る、その扉を開いた。
中は。思わず息をのむほど、広かった。
部屋の中央には。これ見よがしな巨大な大理石の、執務机。
その周囲には。これでもかと言わんばかりに豪華なソファーが、ずらりと並んでいる。
壁には金の装飾。天井にはきらきらした照明。
どう見ても。病院の一室では、ない。
どう見ても。どこぞの大貴族の応接間、である。
「ねえ、ヴァロワ。何なの、この部屋。めちゃくちゃ豪華じゃない? 別に一号棟のほうに理事長室があるんだから。こんなの使わないでしょ? お金の無駄じゃない?」
ヴァロワは。いつもの涼しい顔で。
「これは、箔付けというやつです。こうすることで。貴族や豪商が、喜ぶのです。装飾の一つだと思っていただいて結構です。実際の仕事は、理事長室で行いますし」
「…………もったいない」
思わず、本音が漏れた。
ここは、病院だ。使いもしない椅子や机に装飾を施したところで。無駄でしかない。
それなら。ベッドを一つでも増やしたほうが。よほど有意義だというのに。
……まったく。
こんなことばかりしているから。フランス革命なんてものが、起きたのではなかろうか。
* * *
そんなことを考えながら。わたしは、奥の部屋へと足を向けた。
執務室のさらに奥には。小部屋が、いくつかあった。
暖炉とソファーが置かれた、いかにも応接用らしい部屋。
ちょっとした休憩室らしき部屋。
どれもまあ。豪華ではあるが。想像の範囲内だ。
だが。その中に一つ。妙な部屋が、あった。
何もない。
ただ。仕切りがいくつか置かれているだけの。妙にがらんとした空間。
しかも。その奥には、さらに扉がある。
……何これ。
わたしは。首をかしげながら。その扉に、手をかけた。
そして。開く。
「………………」
一瞬。思考が、止まった。
「こ、こ、こ……っ」
声にならない声が。喉の奥で変な音になって、漏れる。
わたしだけではない。後ろからついてきた面々も。そろって息を呑み。次々と驚きの声を上げた。
その視線の先に、あったもの。
それは――。
風呂、だった。
しかも。ただの風呂では、ない。
広い。やたら広い。
下手をすれば。そのへんの庶民の家一軒分くらいありそうな。無駄に立派な浴室、である。
* * *
「ちょっとヴァロワ!!」
わたしは。勢いよく振り返った。
「どういうことよ!? 会議じゃ絶対ダメだって、却下してたじゃない! どういう風の吹き回しなの!?」
するとヴァロワは。すっと、眼鏡をかけ直した。
「何をおっしゃっているのか、分かりかねますが」
「わかるでしょ!!」
「今の王妃様は。国中の注目の的であり。ある種の英雄なのです。当然。寄付金や資金提供に、協力してくださる方々も、大勢いらっしゃいます」
そこで一拍置き。わずかに、口元をゆがめた。
「そのおかげで。計画を大幅に前倒しできました。……まあ。その分。当初予算は、大きく上回りましたので」
嫌な予感しか、しない。
ヴァロワは。眼鏡をきらりと光らせながら。にやりと笑った。
「その分は……。頑張ってくださいね」
「でしょうね!!」
思わず、叫んだ。
くそ。
風呂ができた喜びは、確かにある。
あるのだけれど。
借金が増えたという現実が。胃に、ずしりとのしかかってくる。
喜ぶべきか。
悲しむべきか。
新しい風呂を前にして。
わたしは。何とも言えない顔で。立ち尽くすしかなかった。
……でも。
まぁ。
やっと。わたしの風呂が、できたんだから。
今日くらいは。
喜んでも、いいよね?
「……入っていい?」
「どうぞ。王妃様のための風呂ですので」
「!!」
わたしは。靴を脱ぎ捨て。走り出した。
うしろで、「お行儀が!!」と。誰かが叫んでいた気がするけど。知らない。聞こえない。
あの湯浴み場で。「ちゃんとした自分の風呂を作る」と。誓ったあの日から。
ずっと。ずっと。待っていたのだ。
さあ。
二百五十年ぶりの、文明の光よ。
わたしは今。帰ってきた。




