第十話 待ちに待った、テンプレイベント
現代知識無双がことごとく空振りし、妙子はそろそろ物語らしい助っ人イベントを期待し始めます。
そんな中、廊下の向こうから聞こえてきたのは、慈善病院の予算をめぐる言い争いでした。
果たしてこれは、待ちに待ったテンプレイベントなのでしょうか。
おかしい。何かがおかしい。
異世界転生ものなら、現代知識でチート無双して成功するはずなのに。わたしときたら、提案するたびに全部ひっくり返されて、丁寧に説教されて返り討ちにあっている。これじゃ現代チートどころか、中世逆チートだ。向こうのほうがよっぽど賢い。
うーん。でも、こういう手詰まりのときこそ、大抵イベントが起きるものである。
テンプレで言えば、そろそろ有能な理解者が現れて、わたしの手足となり、参謀となって、停滞したチートを成功へ導いてくれるはず。物語のお約束というやつだ。
はよ来い、テンプレイベント。
と脳内で念じながら、今日も今日とて日課のトイレ探しに勤しんでいると、遠くのほうで誰かが言い争っている声が聞こえてきた。
ん? なんの騒ぎだ?
そして、騒ぎというのは定番イベントのフラグでもある。これは耳を澄ませて、ようく聞いてやろうじゃないの。わたしは廊下の角で、こっそり聞き耳を立てた。
「……長官、この予算案は何ですか? ただでさえ不足している慈善病院の予算が、半分になっているじゃないですか!」
「うるさい。我が国には、死にかけの病人や孤児にくれてやるような金など、ない。あきらめろ」
「そこを何とか。増やせとまでは言いません。せめて、現状維持にはできませんか?」
「しつこい。ないと言ったら、ないのだ。こちらはな、あの王太子妃のせいであらぬ疑いをかけられて、その説明に追われて大変なのだ。話はこれで終わりだ。帰れ」
ん?
今、王太子妃って言ったわよね?
あれってテレーよね? わたし、テレーに何かしたっけ。せいぜいこの間、執務室に押しかけて、財政の話を聞いただけなんだけど。それで何でそんな迷惑がられてるの。
まあ、いい。
乙女ゲームマスターのわたしにはわかる。妙子鑑定スキルがビンビンに反応している。これは何かのイベントに違いない。仮に違ったとしても、ちょうどいい暇つぶしになりそうだ。
「ちょっと、そこのあなた」
わたしが声をかけると、テレーに叱責されていた金髪の男性が、驚いて振り返った。
「こ、これは王太子妃様! このようなところで、いったい何を?」
振り返った男性を、まじまじと見つめる。
金髪。なるほど。金髪ということは、つまり――。
……うん。イケメンじゃない。
むしろ、なんというか。食べすぎた帳簿係、みたいな男だった。書類に埋もれて運動不足になった、人の好さそうなおじさん寄りの青年。テンプレで言うところの「有能イケメン参謀」とは、だいぶ、いや、かなり違う。
どうやら、イベント発生ではなかったらしい。普通ならここで颯爽と金髪イケメンが現れるのが定番なのに。全然イケてない。ハズレを引いたようだ。
まあいい。暇だし、何か面白い情報くらいは聞けるかもしれない。
「あなた、ここで何を言い争ってたの? さっきのは、テレー長官よね」
「は、はい。私は財務局で福祉を担当しております、シャルティエと申します。私の管轄しております慈善病院の運営予算について、テレー長官とお話し合いを……。慈善病院はただでさえ予算が少なく、火の車なのですが、来年からその予算を半分にすると言われてしまいまして。このままでは立ち行かなくなりますので、なんとかならないかと、直談判に参っておりました」
「そう。それは大変ね」
正直、あまり面白そうな話ではなかった。
まあ、いいけど。
……って、ちょっと待って。
お読みいただきありがとうございました。
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