第8話「新商品発表会と女王の微笑み」
ドワーフのガンツが仲間に加わってから、サンライズ商会の工房は、まるで生まれ変わったかのように活気に満ちていた。
ガンツの腕は本物だった。俺が描いた拙い設計図から、その意図を正確に読み取り、次々と革新的な機械を作り出していく。巨大な攪拌機、精密なカッター、さらには活版印刷の技術を応用した簡易印刷機まで。
「がははは! 面白い、実に面白いぞカイリ! お前のアイデアを形にするのは、伝説の剣を打つのと同じくらい、魂が燃えるぜ!」
ガンツは、寝る間も惜しんで機械作りに没頭していた。その情熱は、他の職人たちにも伝播し、工房全体の生産性は飛躍的に向上した。
一方、俺とエリアーデさん、リリアナは、新商品の開発に全力を注いでいた。
「保湿石鹸には、王都でしか採れないというローヤルハニーを配合しましょう。肌が驚くほどしっとりしますよ」
「薬用石鹸には、銀コロイドと、殺菌効果の高い薬草を。これで、肌のトラブルも一網打尽じゃ」
次々と生まれるアイデア。そして、それを形にするための試行錯誤。
ついに、俺たちは三種類の新しい石鹸を完成させた。
一つは、ローヤルハニーとミルクを贅沢に配合した「ロイヤルモイストソープ」。
一つは、銀と薬草の力で肌を清潔に保つ「メディカルクリアソープ」。
そしてもう一つは、炭とクレイを配合し、毛穴の汚れを吸着する「ブラックチャコールソープ」。
それぞれに特化した機能を持つ、画期的な商品ラインナップだ。
「よし、これでゴルドマン商会に一泡吹かせてやれる。だが、ただ店に並べるだけじゃインパクトが弱い」
俺は、次なる一手として「新商品発表会」の開催を提案した。
「新商品発表会、ですか?」
きょとんとするリリアナに、俺は説明する。
「ああ。街の有力者や貴族、大手の商人たちを招待して、新しい石鹸の素晴らしさを、俺たちの口から直接プレゼンテーションするんだ。派手にやれば、最高の宣伝になる」
現代では当たり前の手法だが、この世界では前代未聞の試みだろう。
リリアナは、元貴族の令嬢としての知識と人脈をフル活用し、招待状の作成と送付に取り掛かった。会場は、街で一番大きなホテルのホールを借り切る。すべてが、破格のスケールだった。
***
そして、発表会当日。
会場には、招待状を受け取ったエトリアの有力者たちが、半信半疑といった顔で集まっていた。その中には、ゴルドマン商会の会長、バルトロの姿もあった。俺たちの動向を探りに来たのだろう。その顔には、自信と嘲笑の色が浮かんでいる。
『せいぜい、今のうちに笑ってな』
やがて、会場の照明が落ち、スポットライトがステージを照らす。俺は、深呼吸を一つして、マイク(ガンツ特製の、声が大きく響く魔道具だ)の前に立った。
「本日は、サンライズ商会、新商品発表会にお集まりいただき、誠にありがとうございます!」
俺は、よどみなくプレゼンテーションを始めた。
サンライズ商会の理念、新しい三つの石鹸が、人々の生活をどう豊かにするか。そして、実際にモデルを使い、その驚くべき泡立ちと効果を実演して見せた。
最初はざわついていた会場が、次第に静まり返り、俺の話に引き込まれていくのがわかった。特に、女性客たちの目は、ステージ上の石鹸に釘付けになっている。
プレゼンが最高潮に達した時、俺はとどめの一手を打った。
「そして、本日ご来場の皆様に、特別なお知らせがございます。なんと、このエトリアを治める領主、シルヴィア辺境伯様が、我々の新しい石鹸を大変お気に召し、王家御用達として認定してくださったのです!」
その言葉と共に、ステージの袖から、一人の女性が姿を現した。
銀色の髪を美しく結い上げ、気品と威厳に満ちた佇まい。若くしてこの地を治める、才色兼備の女領主、シルヴィア・フォン・エトリアその人だった。
会場が、どよめきに包まれる。
「シルヴィア様が、なぜここに!?」
「王家御用達だと……!?」
もちろん、これは事前にリリアナを通して根回ししていた結果だ。彼女の誠実な人柄と、石鹸の圧倒的な品質が、領主の心を動かしたのだ。
シルヴィア様は、優雅な笑みを浮かべると、マイクの前に立った。
「サンライズ商会の作る品は、実に素晴らしい。人々の生活を、心を、豊かにする力がある。私は、この商会を全面的に支援することを、ここに約束します」
その声は、凛としてホールに響き渡った。
この瞬間、勝負は決した。
領主のお墨付きを得たサンライズ商会の商品に、ケチをつける者などいるはずがない。むしろ、ここで買わないことは、領主の顔に泥を塗ることになる。
発表会が終わるや否や、会場に設置された特設販売所には、商人たちが殺到した。
「我が商会に、百個卸してくれ!」
「いや、うちは二百個だ!」
注文が殺到し、用意していた在庫はあっという間になくなった。
その狂騒を、バルトロ・ゴルドマンは、顔面蒼白で立ち尽くすことしかできなかった。彼の顔からは、余裕の笑みは完全に消え失せていた。
大成功だ。これ以上ない、完璧な逆転劇だった。
***
発表会の後、俺とリリアナは、シルヴィア様に個別に呼ばれた。
「見事な手腕だった、カイリ殿。まるで、未来を見ているかのような商才だ。そなたのような若者が、このエトリアに現れたことを、心から歓迎する」
シルヴィア様は、俺の目をまっすぐに見て言った。その瞳は、すべてを見透かしているかのようだ。
「もったいないお言葉です。すべては、リリアナや、仲間たちの協力があってこそです」
俺がそう言うと、シルヴィア様はふわりと微笑んだ。
「謙遜もできるか。気に入った。これからも、その力で、このエトリアを盛り立ててくれることを期待している」
それは、領主からの、最大の賛辞だった。
サンライズ商会の名は、この日を境に、エトリア中に轟くことになった。ゴルドマン商会の妨害をものともせず、より大きな飛躍を遂げた俺たちの快進撃は、まだ始まったばかりだ。




