第7話「頑固なドワーフと三つの課題」
ゴルドマン商会の妨害により、「癒しの石鹸」の主原料であるシトラスオイルの供給が絶たれた。このままでは、主力商品を失い、サンライズ商会は大きな打撃を受けることになる。
「シトラスオイルの代わりになる香料……。エリアーデさん、何か心当たりは?」
俺たちは、すぐにエリアーデさんの薬草店を訪ねた。
「ふむ……。代わりになるものは、なくはない。じゃが、どれも希少なものばかりじゃ。安定して供給するのは難しいじゃろうな」
エリアーデさんは、腕を組んでうなる。やはり、一筋縄ではいかないか。
『香料がダメなら、別の付加価値で勝負するしかない』
俺は思考を切り替えた。新しい石鹸のコンセプトは……「機能性」だ。
例えば、肌の潤いを保つ「保湿特化石鹸」。あるいは、殺菌効果を高めた「薬用石鹸」。ニキビに悩む若者向けの「皮脂対策石鹸」なんてのもいいかもしれない。ターゲットを細分化し、それぞれの悩みに応える商品ラインナップを揃えるんだ。
俺のアイデアを聞いたエリアーデさんは、目を輝かせた。
「面白い! 実に面白い発想じゃ! 保湿ならハチミツやミルクを、殺菌なら銀の成分を微量に混ぜ込むと効果的じゃろう。婆さんの知識が、また役に立ちそうじゃのう!」
新たな目標が見え、俺たちの士気は再び高まった。
だが、ここでまた新たな問題が浮上した。新商品を大量生産するための「道具」が足りないのだ。
具体的には、原料を均一に混ぜ合わせるための巨大な攪拌機、石鹸を同じ形に切り分けるための精密なカッター、そして商品を美しく包装するための印刷機。どれも、この世界には存在しないか、あっても手作業の非効率なものばかりだ。
「こればっかりは、専門家の力が必要だな……」
リリアナに相談すると、彼女は一人の人物の名前を挙げた。
「それでしたら、ガンツさんというドワーフの鍛冶師がいます。腕はエトリアで一番と評判ですが……その、少し気難しい方で……」
腕は一番だが、気難しい。いかにもな職人という感じだ。だが、他に頼れるあてもない。俺たちは、ガンツが営むという「ガンツ工房」へと向かった。
***
工房は、街の職人街の一角にあった。中からは、カン、カン、とリズミカルに槌を打つ音が響いてくる。
中に入ると、そこは熱気と鉄の匂いで満ちていた。工房の中心で、汗だくになりながら巨大なハンマーを振るっていたのは、想像通りの人物だった。
背は低いが、肩幅は俺の倍はあろうかというほどの、がっしりとした体躯。赤茶色の髪と髭は編み込まれ、腕には丸太のような筋肉が浮き出ている。ドワーフのガンツ、その人だった。
「何の用だ。見ての通り、取り込み中だ。遊びなら他をあたってくれ」
ガンツは、こちらを一瞥しただけで、すぐに作業に戻ってしまった。その態度は、リリアナが言っていた通り、無愛想そのものだ。
「突然すみません、ガンツさん。俺はサンライズ商会のカイリと言います。あなたに、作っていただきたい道具があるんです」
俺は単刀直入に切り出した。そして、懐から取り出した設計図――と言っても、俺が記憶を頼りに描いた簡単なスケッチだが――を彼に見せた。攪拌機やカッターの図だ。
ガンツは、ちらりと図面に目をやったが、すぐにふんと鼻を鳴らした。
「くだらん。こんな、何に使うのかも分からんようなガラクタ、作る気はねえな。帰れ帰れ」
一瞬で、断られてしまった。
『くっ……。さすがに頑固だ』
だが、ここで引き下がるわけにはいかない。俺は食い下がった。
「お願いします! これは、俺たちの商会の未来がかかっているんです! もちろん、報酬は弾みます!」
「金の問題じゃねえ。俺は、魂を込められんもんは作らねえ主義なんだ。お前さんのそのおもちゃみてえな図面からは、何の魂も感じられん」
魂、か。なるほど、いかにも職人らしい言い分だ。
「……わかりました。なら、賭けをしませんか?」
「賭けだと?」
ガンツが、ようやく槌を置いた。
「俺が、あなたを唸らせるような『魂のこもった道具』を三つ、この場で作って見せる。もし、あなたがそれを認めたら、俺の依頼を受けてもらう。どうです?」
俺の突拍子もない提案に、ガンツは面白そうに眉を上げた。
「ほう、面白いことを言うじゃねえか、人間の小僧。いいだろう。やってみろ。だが、もし俺を満足させられなかったら、二度とこの工房の敷居をまたぐなよ」
望むところだ。
俺はガンツに断りを入れ、工房の隅にあった作業台と、廃材置き場にあった鉄くずや木材を借りた。
まず、一つ目。俺は鉄の棒を拾い、火床で熱し、金床の上で叩き始めた。見よう見まねだが、形にするだけならなんとかなる。俺が作ろうとしているのは、「ねじ回し」――つまり、ドライバーだ。
この世界にもねじは存在するが、頭に溝はなく、締めたり緩めたりするにはペンチのようなもので挟んで力任せに回すしかない。非常に非効率だ。
俺は鉄の棒の先端を平らに加工し、焼きを入れる。そして、木の柄を取り付けた。さらに、頭にマイナスの溝を入れたねじもいくつか試作する。
「ガンツさん。これで、このねじを回してみてください」
ガンツは、怪訝な顔でねじ回しを受け取ったが、言われた通りに溝に先端を合わせて回してみた。すると、今まであれほど苦労していたねじが、驚くほど軽い力で、すいすいと板に入っていく。
「なっ……!?」
ガンツの目が、驚きに見開かれた。
「てこの原理と、力の集中。ほんの少しの工夫で、作業効率は劇的に上がるんです」
続けて、二つ目。俺は薄い鉄板を加工して、ノコギリの刃を作った。だが、ただのノコギリじゃない。刃の向きを交互に変えた「あさり」付きのノコギリだ。これにより、切りくずが排出されやすくなり、摩擦が減って格段に木材を切りやすくなる。
ガンツに試させると、彼は再び絶句した。
「馬鹿な……。刃の向きを少し変えただけで、切れ味がこうも変わるというのか……」
そして、最後の三つ目。俺は、小さな歯車をいくつか組み合わせ、ある道具を作り上げた。それは、「巻き尺」だ。
この世界では、長さを測るには硬い物差しを使うのが一般的だ。だが、巻き尺なら、曲面も簡単に測れるし、コンパクトに収納できる。
ゼンマイ仕掛けで、シュルシュルとテープが収納される様子を見たガンツは、もはや言葉も出ないようだった。ただ、その手の中で、俺の作った三つの道具を、食い入るように見つめている。
「どうです、ガンツさん。俺の道具に、魂は感じられましたか?」
俺が問いかけると、ガンツはしばらく黙り込んだ後、がははは、と腹の底から豪快に笑い出した。
「参った! 完全に俺の負けだ! 小僧、お前の名前はカイリと言ったか。その頭の中には、いったいどれだけの『魂』が詰まってるんだ!」
彼はすっかり上機嫌になり、俺の肩をバンバンと力強く叩いた。痛い。
「わかった、わかった! お前の依頼、このガンツが最高の腕で引き受けてやる! さっきの図面、もう一度見せてみろ! もっと詳しく話を聞かせろ!」
こうして俺は、頑固なドワーフ職人の心を、現代のありふれた道具の知識で見事に射止めたのだった。
ガンツという最強の技術者が仲間に加わったことで、サンライズ商会の生産体制は、飛躍的に向上することになる。
ゴルドマン商会への反撃の準備は、着々と整いつつあった。




