番外編「休日はもふもふとピクニック」
エトリア中央卸売市場の開場から一ヶ月。
街は、かつてないほどの活気に満ちていたが、それに伴い、俺たちの仕事も、とんでもなく忙しくなっていた。
新しい取引先の開拓、商人ギルドの運営、次なる新商品の開発……。やってもやっても、仕事は尽きない。
「うーん……。さすがに、少し疲れたな……」
山積みの書類を前に、俺が大きく伸びをした、その時だった。
「カイリ様、お疲れ様です。少し、休憩にしませんか?」
リリアナが、ハーブティーを淹れてきてくれた。その隣では、ガンツが「たまには酒でも飲まねえと、やってられっか!」と、昼間からエールを呷っている。
そして、俺の足元では、フェンが「くぅーん……」と、なんだか寂しそうな声で鳴いていた。俺たちが忙しくて、最近あまりかまってやれていなかったせいかもしれない。
その姿を見て、リリアナがぽつりと言った。
「そういえば、最近、みんなでゆっくりお休みしたことがありませんでしたね」
「確かにな。市場が軌道に乗るまでは、って突っ走ってきたが……」
「カイリ。たまには休息も必要だぜ。良い仕事は、良い休みから生まれるもんだ」
ガンツの言葉が、妙に心に響いた。
俺は、心配そうにこちらを見上げるフェンの、もふもふの頭を撫でた。
「……よし、決めた! 明日は、サンライズ商会、臨時休業だ! みんなで、ピクニックに行くぞ!」
「えっ!?」
俺の突然の宣言に、リリアナとガンツの素っ頓狂な声が重なった。
「ピクニック、ですか?」
「おいおい、急にどうしたんだ?」
「いいじゃないか! たまには、仕事のことは全部忘れて、美味いもんでも食って、のんびりしようぜ! な、フェン!」
「わんっ!」
俺の言葉に、フェンが一番に反応し、嬉しそうに尻尾を振って飛び跳ねた。その姿を見たら、もう反対する者はいなかった。
***
というわけで、翌日。
俺たちは、街の近くにある、見晴らしの良い湖畔にやってきていた。
従業員たちも全員招待し、総勢数十名での大ピクニックだ。
「うわあ、空気が美味しい!」
「見て、湖がキラキラしてる!」
従業員たちは、久しぶりの休日に、子供のようにはしゃいでいる。その中には、トムの姿もあった。彼の火傷の痕は、もうすっかり消えている。
ピクニックの主役は、もちろん料理だ。
俺は、この日のために腕によりをかけて、特製の弁当を用意してきた。
アイテムボックスから取り出したのは、巨大な重箱。蓋を開けると、中には色とりどりの料理がぎっしりと詰め込まれている。
テリヤキソースで味付けした鶏肉の唐揚げ、ふっくらと焼き上げた卵焼き、タコさんウインナー(もちろん、タコではなく、ロックボアの肉で作ったソーセージだ)、ポテトサラダ、そして、色とりどりの野菜を添えたサンドイッチ。
「うおおおっ! なんだこのご馳走は!」
「カイリさん、すごすぎます!」
みんなの歓声に、俺は得意満面の笑みを浮かべる。
「さあ、遠慮しないで、どんどん食べてくれ!」
その言葉を合図に、みんなが一斉に料理に殺到した。
「んんっ、この唐揚げ、美味すぎる!」
「このふわふわの卵、どうやって作るんですか!?」
「サンドイッチ、最高!」
みんなが、本当に美味しそうに、幸せそうな顔で食べてくれる。その顔を見ているだけで、俺も幸せな気分になった。
リリアナは、頬張ったサンドイッチを、うっとりとした表情で味わっている。
「カイリ様の作るお料理は、どうしてこんなに、人の心を温かくするのでしょう……」
「そりゃ、愛情がこもってるからだよ」
俺がそう言って笑うと、彼女は顔を真っ赤にして、もごもごと口を動かすだけだった。
ガンツは、エールの樽を片手に、ドワーフ仲間と豪快に飲み交わしている。
食事が一段落すると、みんな思い思いに休日を楽しみ始めた。
湖で水切りをして遊ぶ者、昼寝をする者、恋バナに花を咲かせる者。
俺はというと、フェンと一緒に、草原の上を駆け回っていた。
「まてまてー、フェン!」
「きゃんきゃん!」
フリスビー代わりに木の皿を投げると、フェンは風のように走り、見事に空中でキャッチする。その運動能力は、さすが神獣といったところだ。
遊び疲れて、二人で草原にごろりと寝転がる。
空はどこまでも青く、白い雲がゆっくりと流れていく。
『ああ、平和だな……』
こんな穏やかな時間が、ずっと続けばいい。そのためなら、明日からまた、いくらでも頑張れる。
ふと、フェンが俺の顔をぺろりと舐めた。くすぐったくて、思わず笑ってしまう。
「お前がいてくれて、よかったよ、フェン」
「くぅーん」
フェンは、俺の言葉がわかったかのように、優しく鳴いた。
***
夕方になり、ピクニックもお開きの時間になった。
みんな、心からリフレッシュできたようで、その顔は充実感に満ちていた。
帰り道、リリアナが俺の隣に並んで、ぽつりと言った。
「カイリ様。今日は、本当にありがとうございました。わたくし、こんなに心から笑ったのは、久しぶりです」
「俺もだよ。みんなのああいう顔が見れて、よかった」
俺たちは、顔を見合わせて微笑みあった。
仕事だけが、人生じゃない。時には立ち止まって、大切な仲間たちと、かけがえのない時間を過ごす。それもまた、未来への大切な投資なのだ。
もふもふの相棒が教えてくれた、休日の大切さ。
明日から、また頑張ろう。俺は、茜色に染まる空を見上げながら、心に新たな活力が満ちてくるのを感じていた。




