エピローグ「サンライズは、まだ昇り始めたばかり」
あれから、一年が過ぎた。
商業都市エトリアは、見違えるように活気づいていた。
俺たちが作った「エトリア中央卸売市場」と「エトリア商人ギルド」は、完全に街の経済の心臓部として機能している。物流は安定し、物価は下がり、人々の暮らしは目に見えて豊かになった。
サンライズ商会は、もはやエトリアに留まらず、近隣の都市にも次々と支店を出し、アストリア王国でも指折りの大商会へと成長を遂げていた。
俺が開発した新商品は、石鹸や紙だけにとどまらない。
ガンツと協力して作った、画期的な構造の農具「カイリ式クワ」は、農業の生産性を劇的に向上させた。
エリアーデさんと開発した、ポーションに代わる安価で効果的な「携帯傷薬セット」は、冒険者たちの必需品となっている。
そして、醤油、味噌、ソース、マヨネーズといった「魔法の調味料」シリーズは、王国の食文化を根底から変え、王侯貴族から一般市民まで、多くの人々の食卓を彩っていた。
俺は今、王都にあるサンライズ商会王都支店の、最上階の執務室にいる。窓の外には、壮麗な王城と、活気あふれる王都の街並みが広がっていた。
一年前、ボロボロの服でこの世界に放り出された俺が、今や一国の大商会のトップにいる。人生、何が起こるかわからないものだ。
コンコン、とドアがノックされる。
「どうぞ」
入ってきたのは、美しいドレスを上品に着こなした、一人の女性。
「カイリ様、次のお時間です」
その声も、佇まいも、洗練された秘書のそれだが、俺にとっては、誰よりも大切なパートナーだ。
「ああ、リリアナか。もうそんな時間か」
リリアナは、この一年で、驚くほど美しく、そしてたくましく成長した。今では、サンライズ商会の副会長として、その経営手腕を遺憾なく発揮している。没落令嬢だった頃の面影は、もうどこにもない。
「今日の午後は、王国騎士団との会合です。先日お話しした、新しいレーションの納入について、最終的な打ち合わせとなります」
「了解。例の『携帯栄養ブロック』と、『即席お湯かけ麺』の試作品は、準備できてるか?」
「はい、完璧に。きっと、皆様驚かれることでしょう」
リリアナは、自信に満ちた笑みを浮かべた。
俺たちの挑戦は、まだ終わらない。商業だけでなく、農業、医療、そして軍事の分野にまで、現代知識の応用は広がり続けている。
ふと、執務室の豪華なソファの上で、何かがもぞもぞと動いた。
雪のように白い、大きな塊。一年前は子犬のようだったフェンも、今では成獣に近い、堂々たる体躯の狼に成長していた。まあ、中身は相変わらず食いしん坊の甘えん坊だが。
「ぐるる……。きゅぅーん」
俺たちの会話で目を覚ましたのか、フェンが大きなあくびをしながら、こちらに歩いてくる。そして、俺の足に、その大きくて、もふもふな頭をすりつけてきた。
「よしよし、いい子だ、フェン。お前も、すっかり立派になったな」
俺が頭を撫でてやると、フェンは気持ちよさそうに目を細めた。
リリアナが、その光景を、微笑ましそうに見つめている。
「本当に、夢のようです。カイリ様と出会って、わたくしの人生は、すべてが変わりました」
「俺の方こそだよ。リリアナがいなかったら、とっくに路頭に迷ってたさ」
俺たちは、自然と顔を見合わせ、笑い合った。
この一年、本当に色々なことがあった。辛いことも、苦しいこともあった。でも、それ以上に、楽しくて、嬉しくて、胸が熱くなるような出来事が、たくさんあった。
それはすべて、ここにいる仲間たちのおかげだ。
「さあ、行こうか。騎士団の連中を、俺たちの新しい発明で、あっと言わせてやろうぜ」
「はい、カイリ様!」
「わん!」
俺は、リリアナと、そしてフェンと共に、執務室を後にした。
サンライズ――日の出。
俺たちが名付けた商会の名前。
この世界の夜明けは、まだ始まったばかりだ。俺たちの手で、この世界を、もっと明るく、もっと温かい光で照らしていく。
物語に、終わりはない。
俺たちの未来は、どこまでも広がる青空のように、無限の可能性に満ちているのだから。




