表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/8

7話

剣を置け。

 そう言われてから三ヶ月。レオンの手は、もはや剣を握る形を忘れていた。

 

 泥と汗が混じり、鼻をつく土の臭い。爪の間にこびりついた汚れは、どれだけ洗っても落ちない。かつて「真の主役」として脚光を浴びていた日々は、今や遠い異国の昔話のように思えた。

 

「……っ、クソ……」

 

 くわを振り下ろすたびに、背中を焼くような惨めさが走る。

 エリアスのいない静寂は、自分が「ただの空洞」であることを毎秒突きつけてきた。

 その時、地響きと共に『土喰らいの巨虫アース・イーター』が這い出した。

 

 レオンは、近くに突き刺していた重い鉄の鍬をひったくる。

 エリアスの術式も、合理的な計算もない。ただ、右腕の激痛を導火線にして、ありったけの魔力を一点に押し込んだ。

 

「あああああぁぁ!!」

 それは、戦技ですらないただの強打だった。

 だが、ひしゃげた鍬が巨虫の岩石のような外殻を**「粉砕」**した。

 

 一撃。また一撃。

 血管が破れる音を聞きながら、理屈を無視した出力を叩きつけ続ける。

「ハァ、……ハァ、……っ、あ……」

 数分後。

 肉塊に変わった巨虫の前で、レオンは泥の中に膝をついていた。

 

 そこへ、風に吹かれた新聞の切れ端が、レオンの顔にべたりと張り付いた。

 

『カイン・ベルモンド、未踏の迷宮を制覇。――あの日、誰もが待ち望んだ「真の主役」の誕生』

 

 鏡のような鎧。称賛の嵐。エリアスの隣で、世界に祝福されている「正解」の男。

 

「……っ」

 

 レオンは震える指で紙面を掻きむしり、泥の中に叩きつけた。

 

「……分かってるよ。俺があそこにいたって……こんな風に、ダサくあがくだけだったってことくらい……っ」

 

 自分が見捨てられた理由。カインが選ばれた理由。

 認めたくない「自分の欠陥」が、喉の奥に苦く残った。

 

 ガリウスが、酒瓶を片手に戻ってきた。

 巨虫の死体と、這いつくばるレオンを一瞥する。

「……随分とまあ、不細工な戦い方だ。魔力も半分以上無駄になってやがる」

「……ああ、そうだよ! 分かってるよ! ……俺はあいつみたいに、綺麗に勝てない……! 効率もクソもねえ、ただのゴミだ……っ」

 吐き捨てるように叫ぶレオン。

 ガリウスは、レオンが巨虫を叩き潰した「曲がった鍬」を無造作に拾い上げた。

 

「……お前がゴミかどうかは知らねえ。だがなレオン。……あいつのやり方じゃ、この虫の殻は、多分一生割れねえよ」

 ガリウスはそれだけ言うと、興味を失ったようにレオンの隣を通り過ぎた。

 

「……え?」

 

 レオンは、投げ捨てられた鍬を見つめる。

 カインには、できない?

 あの「完璧」なはずのあいつには到達できない何かが、この泥まみれの屈辱の中にしかないというのか。

 

「……っ……」

 

 右腕は焼け爛れ、指先は血で滑った。

 あまりの激痛に、一度は鍬から手を離す。

 

 ――だが。

 

 レオンは震える手で、もう一度。

 泥と血に塗れたその鉄を、今度は自らの意志で強く、握り直した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ