7話
剣を置け。
そう言われてから三ヶ月。レオンの手は、もはや剣を握る形を忘れていた。
泥と汗が混じり、鼻をつく土の臭い。爪の間にこびりついた汚れは、どれだけ洗っても落ちない。かつて「真の主役」として脚光を浴びていた日々は、今や遠い異国の昔話のように思えた。
「……っ、クソ……」
鍬を振り下ろすたびに、背中を焼くような惨めさが走る。
エリアスのいない静寂は、自分が「ただの空洞」であることを毎秒突きつけてきた。
その時、地響きと共に『土喰らいの巨虫』が這い出した。
レオンは、近くに突き刺していた重い鉄の鍬をひったくる。
エリアスの術式も、合理的な計算もない。ただ、右腕の激痛を導火線にして、ありったけの魔力を一点に押し込んだ。
「あああああぁぁ!!」
それは、戦技ですらないただの強打だった。
だが、ひしゃげた鍬が巨虫の岩石のような外殻を**「粉砕」**した。
一撃。また一撃。
血管が破れる音を聞きながら、理屈を無視した出力を叩きつけ続ける。
「ハァ、……ハァ、……っ、あ……」
数分後。
肉塊に変わった巨虫の前で、レオンは泥の中に膝をついていた。
そこへ、風に吹かれた新聞の切れ端が、レオンの顔にべたりと張り付いた。
『カイン・ベルモンド、未踏の迷宮を制覇。――あの日、誰もが待ち望んだ「真の主役」の誕生』
鏡のような鎧。称賛の嵐。エリアスの隣で、世界に祝福されている「正解」の男。
「……っ」
レオンは震える指で紙面を掻きむしり、泥の中に叩きつけた。
「……分かってるよ。俺があそこにいたって……こんな風に、ダサくあがくだけだったってことくらい……っ」
自分が見捨てられた理由。カインが選ばれた理由。
認めたくない「自分の欠陥」が、喉の奥に苦く残った。
ガリウスが、酒瓶を片手に戻ってきた。
巨虫の死体と、這いつくばるレオンを一瞥する。
「……随分とまあ、不細工な戦い方だ。魔力も半分以上無駄になってやがる」
「……ああ、そうだよ! 分かってるよ! ……俺はあいつみたいに、綺麗に勝てない……! 効率もクソもねえ、ただのゴミだ……っ」
吐き捨てるように叫ぶレオン。
ガリウスは、レオンが巨虫を叩き潰した「曲がった鍬」を無造作に拾い上げた。
「……お前がゴミかどうかは知らねえ。だがなレオン。……あいつのやり方じゃ、この虫の殻は、多分一生割れねえよ」
ガリウスはそれだけ言うと、興味を失ったようにレオンの隣を通り過ぎた。
「……え?」
レオンは、投げ捨てられた鍬を見つめる。
カインには、できない?
あの「完璧」なはずのあいつには到達できない何かが、この泥まみれの屈辱の中にしかないというのか。
「……っ……」
右腕は焼け爛れ、指先は血で滑った。
あまりの激痛に、一度は鍬から手を離す。
――だが。
レオンは震える手で、もう一度。
泥と血に塗れたその鉄を、今度は自らの意志で強く、握り直した。




