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5話

指先の感覚は、もう半年前に死んでいる。

 何度も火傷し、皮膚が剥け、そのたびにガリウスが持ってくる泥のような軟膏で無理やり繋ぎ合わせた。レオンの座る地面は、暴走した魔力の熱で黒く円状に焦げ付いている。

「――おい。また熱が逃げてるぞ。お前は自分の体で焚き火でもする気か?」

 ガリウスの、酒臭い声が降ってくる。

 レオンはあぐらをかいたまま、割れた爪を地面に食い込ませた。

 半年。この男の下でやったことといえば、焚き火の番と、水汲みと、そしてこの「座ったまま自分の魔力を数え続ける」という、地獄のような静寂の積み重ねだけだ。

「……っ、が、あ……っ……!」

 右腕が疼く。以前ならエリアスが完璧に「冷却」し、「調整」してくれていたレオンの魔力。

 高出力の魔力を支配する『覇王の心』は、一人で回せばこれほどまでに不快で、醜く、自分自身を内側から食い破ろうとするものだったのか。

「……ガリウス。こんな、子供の遊び……親父は、英雄王と呼ばれたあの人は……」

「あー、お前の親父な。あいつが最後にあんな死に方を選んだのは……あいつが、救いようのない『臆病者』だったからだよ」

 ガリウスが、酒瓶を傾けながら鼻で笑った。

「あいつのギフトは、最後には周りごと全部ぶっ壊す代物だった。だが、あいつはそれを良しとしなかった。……お前や仲間を巻き込むのが怖くて、自分で自分の魔力回路をブチ切って、ただの『無能』として死ぬ道を選んだのさ。……ま、俺に言わせりゃ、最高に往生際の悪い、最強の臆病者だぜ」

「……っ」

 レオンの喉が、引き攣るように鳴った。

 父がなぜ、あんなにも静かに蔑みを受け入れていたのか。

 なぜ、晩年の父は一度も、俺の前で剣を握ろうとしなかったのか。

 ガリウスは立ち上がり、レオンの横に転がっている小石を、つま先で乱暴に弾いた。

 

「エリアスはな、お前を親父さんと同じ目に合わせねえために、ずっと隣でその熱を肩代わりしてたんだよ。……お前が一人で歩けるようになるまで、あいつはずっと自分の手を焼いてたんだぜ。……ま、そんなこと、お前みたいな『裸の王様』にゃ一生分からねえだろうがな」

 視界が、不意に歪んだ。

 

 感謝なんて反吐が出る。あいつが俺を「介護」していたなんて認めたくない。

 だが、右腕を焼くこの激痛を知ってしまった今、エリアスがどれほどの負荷を一人で背負っていたのかを、理屈ではなく「肉体」が理解してしまっていた。

 

 その日の夕暮れ。

 買い出しから戻ったガリウスが、クシャクシャになった手配書をレオンの膝に放り投げた。

 

『天頂の灯、Sランク昇格。カイン・ベルモンド、若き英雄として叙勲』

 

 そこには、エリアスと、かつての仲間たち、そして自分の代わりに「最強」の座に座ったカインが笑っていた。

 レオンは、その紙を握りつぶそうとして――。

 

 指が、震えた。

 

 破り捨てようとした力が、入らない。

 怒りよりも、屈辱よりも、ただ「自分だけが置いていかれた」という空虚さが、肺の奥を刺した。

 

 あいつらは、今この瞬間も、自分がいなかったことにして笑っている。

 エリアスは、今この瞬間も、自分の代わりにカインを隣で支えている。

 

「……あいつの隣に、立てるかどうかなんて知るかよ。……感謝なんて、死んでもしてやるもんか」

 

 レオンは手配書を乱暴に丸め、焚き火の中に投げ捨てた。

 

「……でも、あいつの後ろで指をくわえてるのは、もう御免だ。……あんな劣化版が最強とか、反吐が出るんだよ」

 

 レオンは再び、灼熱する右腕を掴み、意識を沈めた。

 

 正しい目標なんて持っていない。

 ただ、このまま忘れ去られることへの、醜い執念と拒絶。

 

 それが正しいかどうかも分からない。

 ただ、このまま「無能」として消えることだけは、死んでも御免だった。

 

「……クソが。……やってやるよ、見てろ……っ」

 

 焦げた地面に、再び黄金色の魔力が漏れ出す。

 それはまだ「輝き」と呼ぶには程遠い、歪で、危うい、呪いのような光だった。

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