第五章・望みの果てに ③
「ね? そろそろ例の中身教えてくれないかしら?」
注文を終えたネイビルが囁く。
「ん? 例のってなぁに?」
ルザリーの疑問にネイビルが、ミリアには俺が耳元で卵の事だと囁き答える。
「わかるの?! すっごく気になる!」
「まぁいや……」
「何よ勿体ぶって」
そんなつもりはない、教えれば騒ぐのが目に見えているからだ。しかし白状せずに済む雰囲気でもない。前置きを述べてから何の卵かを告げた。
「……グリフォンだ」
ネイビルとルザリはしばらく見つめ合う。
「ごめん聞き取れなかったのかしら?」
言葉が怪しくなるネイビルに今一度中身を教えると大声を出そうなる口を自身で覆ってくれる。
「えっと僕が想像してるものと同じものなのかな?」
何を想像しているかを覗く手段を持っていない俺にはルザリーが想像しているものはわからないが、グリフォンと呼ばれる生物は一種類しかいない。
「多分同じだな」
「すんごいいっぱいのお金で取引されるものだよね?」
「まぁそうだな」
グリフォンの卵は価値が高い、希少性や入手の難度も価値を高める要因ではあるが、最大の理由は大金を惜しまない買い手がいるからだ。成長したグリフォンは決して人に懐かないのに対して産まれた時から面倒を見てやれば人にも懐き、またそういったグリフォンは言語を発することはできずとも理解できるようになる。確実に言うことを聞いてくれるという点が軍用として扱いやすく、空軍を保有する国や作ろうとする国が湯水のように金を出してくれるからだ。
「うへ、なんで僕の時にくれなかったんだろぉ」
「正直かなり羨ましいわ」
何度もダンジョンに挑んでいる彼女たちからすれば納得いかないのも仕方がない。
「売って山分け、と考えなくもないんだがな」
「本当!!?」
ルザリーが机の上に乗る勢いで立ち上がる。
「待ってルザリ。続きは?」
期待するルザリーとは違い、ネイビルは続く言葉を予想できているようだった。
「俺は育てたいと思ってる」
「まぁそうなるわよね」
翼竜や翼馬などとは違い、グリフォンは飼育する苦労がほとんどない。食べ物を自力で獲らせに行かせても戻ってくるグリフォンは翼竜のような膨大な食費に悩まされず、誰に触られようと我慢してくれと頼めば翼馬のように怒りだしたりはしない。
「でもそれじゃぁ……」
「仕方ないわルザリ。戦ったのはレイナだもの。ね?」
そう言えるネイビルは聖人だ。普通はルザリのように納得できるものではない。
「わかったよぉ」
言って以降、ルザリーは口を堅く閉ざした。楽しみにしていたであろう食事の中でも笑顔はなく、重苦しい雰囲気が食卓に漂う。そんな中でもミリアは懸命に笑顔と話題を振りまくが、努力は空しく遂にルザリーが席を立った。
「ごめん! 私先に帰るね!」
引き留めようとするミリアを止めると、悲し気な目をされてしまう。それでも首を振って追うことを許さない。
「ごめんなさいねぇ?」
同じパーティメンバーだからか、ネイビルが謝ってくる。
「気にするな、あれが普通の反応だ」
「何よそれぇまるで私が普通じゃないみたい」
酒で状況を正確に把握できていないのか笑って言い、三杯目となる酒を呷り飲み干すネイビル。
人は大金を前に目を眩ませる生き物だと断言するつもりは毛頭ない。しかし冒険者という枠組みに限定すれば目を眩ませるのが普通と言える。勿論例外はあり、主に二つ。一つは好意を寄せるあるいは寄せ合う間柄、もう一つは何かしらの目的を持っている場合だ。当然前者はなく、残るのは後者。
「別に企みなんてないわよ。ただの考え方の相違、実力があれば得る、無ければ得られないの、簡単でしょ?」
「だったらお前たちが得られないことに怒るべきじゃないか?」
「ふふ、嬉しい。でもねぇ? 私は強い……なんて、貴女達を前に言えないわよ? 会うまでは本気でそう思っていたんだけどね? ほんっと恥ずかしいわ、恥ずかしくて顔が熱いわ」
顔が赤いのは恥じらいによるものではなく酒によるものだろう。
「でも私は運がいいと思っているのよ? 貴女たちに出会えたことができたのだもの」
憂いを帯びた瞳と朱色に染まった頬、酒に濡れた唇からは愛の告白、睡魔も顔負けの色香だ。
「レイ……あの、そろそろ帰りましょう?」
ミリアが突如そう言い出したのは、周囲の男どもの視線が集まっているからだ。
ネイビルにこれ以上の飲酒は避けたく、帰る事には賛成だ。しかしどこに帰るべきかには悩んだ。要塞に帰るのは選択肢としてなく、白山羊亭に連れていくのでは先に帰ったルザリーが一晩一人になることを意味する。ギルドに行ってネイビルたちの宿を探すことはできるが、この身でネイビルを背負って歩き回るのは俺の腕力を疑われる。
「仕方ない、とりあえず白山羊亭に戻ろう」
席を立ちネイビルを背負おうと腕を掴む。
「ちょっとどこ触ってるの? 私はまだいけるわよ!」
人を運ぶ時は相手の意識がない方が大変とされるが、酔っ払いに関しては逆だ。右手の指を揃えて伸ばし首筋に狙いを定める。
「それはやめた方がいいかと……」
目撃者も多い、ミリアの忠告を素直に受け入れて手刀を収め、ネイビルの腕を首に掛ける。
「あ、私がやりますよ」
体格的に言えばミリアに運んでもらった方が自然ではあるが、運べるのか不安を感じる。しかしミリアも冒険者であり、それなりの鍛え方をしている。ほとんど苦労なくネイビルを店の外へと運び出すことに成功した。
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