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最後の夢  作者: 人生依存
斯くして少女は最後の夢を叶える
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第12話『12月25日:火曜日』


「死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない」

 夢の中での彼女わたしの感情だ。彼女わたしは常に死にたくないと願い続けていた。

 どうしたら死なずに済むのか、どうしたらその恐怖を克服できるのか。

 どうしたら永遠に生きられるのか。そうしたらその恐怖を克服できるのか。

 死ぬのが怖い。けれど、生き続けることも怖い。

 終わりがあることが怖い。けれど、終わりが来ないことも怖い。

 何もかもが怖くて何もかもが憎い。

 全てを拒絶したくてたまらない。

 そんな私にとってとても身近であった感情を彼女わたしは抱いていた。囚われるようにそんなことばかりを考えて、苦しんでいた。

 彼女わたしはよく私のことをバカにして笑った。

「あなた、そんな下らないことで悩んでいるの?」

 何度もなんども彼女わたしに言われた言葉だ。

 私は不思議でならない。彼女わたしが下らないとバカにし続けた事柄で彼女わたしは悩み続けていた。最後の最後まで。その命を失う瞬間までずっと。


 私が眠る前に読んでいた本はとても素敵はお話だった。

 とても真っ直ぐで自分を曲げられない正義の象徴の女の子がいて、その子はたがえることなく成長すれば間違いなく間違えていた。

 正しく正義であった少女は正しすぎるが故に間違えることになっていた。

 正義というものは必ずしも正義であるとは限らない。それを思い知らされるような物語だった。

 少女は自分一人では間違いには気づくことができなかった。けれど、少女の未来の行く末に立つ人々が素性を隠して彼女の前に現れた。

 このままではあなたは間違った人生を送ることになり、後悔してしまう。

 皆が皆、その事実を歪曲した表現で伝えた。その理由もよく分かる。

 人間の記憶力などというものは非常に信頼感が薄く、重大なことを記憶させるには事実を教えるよりも事実に気付かせる方がより効果的だ。 

 だからこそ少女の未来の可能性たちは少女に真実を隠して思考のピースを与え続けた。

 さて。正しすぎる少女の物語の結末だが、少女は無事に自らの正しさの過ちに気付くことができ、最終的には愛されるべき平凡な人間へと成り下がることができた。よって、不幸になる未来は消え去り幸せになった。

 なんともいい話だ。まるで和製現代版のクリスマスキャロルかと思ったほどだ。

 そして、その本の影響なのか私は不思議な夢を見る。 

 自分が夢を見ていると言う感覚が十分にあるものだからこれは明晰夢めいせきむだと言えるのだろう。

 夢の中。気がつくと私は見慣れないマンションの一室にいた。けれど、そこは確かに自分の部屋なのだと理解できた。

 まるで前世の記憶を見たときのようで、わずかな悪寒に私は身震いをした。

 白を基調とした随分と面白みのない部屋。

 床は白。壁も白。天井も白。ソファやテーブル、食器棚や本棚まで、何から何まで白ばかりだった。随分と趣味の悪い部屋だ。

 中でも本棚に目が惹きつけられた。

 100冊は入るように見える大きめの本棚には本と呼ぶべきものは一切並べられていなかった。その代わり、背表紙にも表紙にも何も書かれていない分厚い冊子が一冊だけ置かれていた。

 それを本というのかもしれないが、私にはどうしてもそれが本だとは思えなかった。

 気になって冊子を手に取り、一枚ずつ丁寧にページをめくっていく。それが彼女わたしの日記だと気づくのに時間はさほどかからなかった。

−『10月14日』

 今日は×××の誕生日だった。私はプレゼントに彼女の欲しがっていたお酒を上げた。彼女はとても嬉しそうで、その様子を見るだけで私は幸せだった。

 こんな時間がいつまでも続いて欲しいと思った。

『10月27日』

 上司に怒られた。文句は言えない。確かに私が悪かったのだから。

 辛いことはたくさんあるけれど、どれも死ぬことに比べたら全然辛くなどない。

『12月24日』

 ××がプロポーズをしてくれた。嬉しかった。幸せだった。

 この幸せを失いたくない。いつまでもいつまでも、忘れることなく生き続けたい。

『12月28日』

 ××が交通事故で死んだ。

 もう私に生きる希望はない。

 けれど、生きる意味がないからといってそれが死ぬ意味にはならない。

 私は死にたくない。

 自分がとても薄情な人間に思えた。

『1月7日』

 生きることに疲れてきた。

 けれど、死ぬのは嫌だ。

『2月19日』

 死にたくない。

『5月20日』

 死にたくない。

『7月8日』

 死にたくない。

『8月15日』

 お父さんとお母さんの命日が近づいている。

 お墓まいりに行かなければならない。

『8月19日』

 私は死にたくない。生き続けたい。


『8月20日』

 私は今日。死ぬ−


 全てが全て、彼女わたしの本心なのだと理解することができた。

 彼女わたしは心のそこから死にたくないと願い続けていて、私と同じで悩み続けていた。けれど、彼女わたしが抱えていたものはそれだけではなかった。

 境界線という言葉がある。何かと何かの境目のことだ。

 例えば善の反対は悪であり、当然のことながら善と悪にも境界が存在する。何事にも、境界線というものは確かに存在するのだ。

 私と彼女わたしの願いは死にたくないというものだった。そして、そんな無謀な願いにもついになるものがあり、両者の境界線が存在する。

 死にたくない…つまりは生き続けたいという願いの対の事象。それは死ぬことだ。

 深く深く願望を掘り下げ、死にたくないと願ってしまえば必然的に願いが境界線へ到達する。するとどうだろう。表裏は一体となって境界など曖昧なものになっている。

 死にたくないが故、死にたいと願う瞬間が来ても何ら問題はない。

 彼女わたしはただ無様に強く願っていただけだ。

 死にたくない。私はいつまでも生き続けたい。

 けれど、ある瞬間に到達してしまった。生きることが怖いことで、死ぬことが魅力的に見えてしまう段階に到達してしまった。

 きっと、それ故の決断だったのだろう。

 日記を最初のページから順に読み進めていくにつれ、私は彼女わたしのことを少しずつだけど理解できた。

 彼女わたしはただ、誰よりも純粋に人間らしい悩みに苛まれただけだ。

 読む限り、日記は19歳から23歳にかけて2日に1回ほどのペースで書かれていた。毎日書かなければ意味がないとは思うけれど、それでもこれは確かに日記だ。

 この日記が虚実であることはわかっている。

 私が夢の中で見ているだけの小説に影響されただけの虚実。

 私ではない彼女わたしが送ったもしもの人生の小話。

 そうであることはわかりきっている。けれど、この人生が彼女わたしを作ったのだとしたら…。私の人生の先に彼女わたしが待っているのだとしたら。

 私は読んだ小説のように忠告をありがたく受け取って方向転換をしなければならない。

「ね…え…。あ……た」

 不意に呼ばれ、私は声のする方へと歩き出した。

 声は廊下の方からした。

「ねぇ…はぁ……ぁあなた」

 何かに堪えるように私を呼ぶその声には聞き覚えがあった。

 それは確かに彼女わたしの声だった。

 呼ばれるままに歩き、私がたどり着いたのは寝室だった。そこに彼女わたしはいた。

 これまで私の前に姿を現した彼女わたしは私と同じ容姿で私と同じ声をしていた。けれど、今目の前でベッドに横たわって私に呼びかける彼女の声は酒やけのせいか酷くザラついていて、容姿など私とは完全に違いすぎていた。

 目の前で必死になって眠気をこらえている女性は端的に言えばもう知らない女性だった。

 痩せ細った頬、手入れがされていなくて傷んでしまった長い髪、ひび割れた手の爪、乾燥で裂けて血がたれてしまっている唇、寝ていないこと象徴するかのような色の濃い目の下のくま。生きているのが不思議なほどおとろえている女性だった。

 この女性が彼女わたしだ。

 彼女わたし彼女わたしのまま悩み続け、誰もそれが間違いなのだと訂正することや手を差し伸べることをせず、結果として彼女わたしは間違った結末へとたどり着いてしまったようだった。

「あな…た、まだ……はぁ…悩んでいるの?」

 辛そうに彼女わたしが話す。

「ええ。そうよ」

「ふふ…。無様ね。そんな…下らない………こと…で悩むなんて」

 あなたもそうでしょなど言えなかった。私は知っている。彼女の悩みが無様であることも、無様であるとしても綺麗で正しい悩みであったことも全部知っている。

 全部、あの日記に記されていた。

「生きるのが…怖いのでしょう?」

 彼女わたしは今にも眠りについてしまいそうな状態だった。

「ええ。死ぬのが怖いし生きるのも怖い」

「解決策…ある?」

 あるわけがない。最初から叶うはずがないと決まりきっていた願いだ。救われず報われない願い。それが私を苦しめた悩みだ。

 だから私は沈黙を返す。

「私はね…。死ぬのが怖い…。けれ…ど、生き続けて死ぬことを…ぁぁ、考えるのも怖いの」

 だからこの結末にしか辿り着けなかった。

 彼女わたしはそう言った。

「大丈夫。誰も貴女を責めたりしないわよ。貴女は正しい。これだけは断言できるの。私は貴女が嫌いだけれど、貴女は決して間違ってなどいないのだと」

 私がそういうと、彼女わたしは嬉しそうに微笑んだ。

「ありが…とう。あなたは素敵な女性よ……。お礼…に、プレゼン…ト、あげる」

 彼女わたしはミイラのようになってしまった細い腕を苦しそうに持ち上げると、私にデコピンをした。意味がわからなかた。

 けれど、次の瞬間私の頭は割れそうな衝撃を受けた。

 何度も何度も頭を殴られるような衝撃。

 それが多量の情報が脳に入り込んだことによる異常な処理負荷だと私には理解できなかった。ただ、脳みそが熱くなるような錯覚があって、体の奥も熱くなっていって、そのうち溶けてしまいそうだった。

 私が言葉にできない苦しみを味わう中、彼女わたしは静かに眠っていた。いや、それは決して眠っているわけではなかった。

 ベッド脇のテーブルには小瓶とコップ、カレンダーが置かれていた。

 カレンダーは8月20日のところに丸が書かれていて、それ以前の日付にはバツ印が書かれていた。小瓶にはレンドルミンと書かれていた。コップに水は入っていない。

 脳を揺さぶる衝撃が治る頃、私はこれまでと違った感覚を覚えた。これまでも何度も味わった感覚ではあるけれど、夢を見ているようなふわふわとした感覚だった。

 目が覚める。眠りに落ちたのと同じ自室。

 私が暮らしている本に埋もれた息苦しい部屋だ。

 うまく言葉にできないが、その見慣れた光景にどこかよそよそしさを感じた。

 そう、まるで白昼夢でも見ているような感覚だ。違う。使い方が間違っているように感じる。正しくはこうだろう。

 私の思考から現実感が欠落した。うーん。これも何かが違う。

 そうか、もっとわかりやすい表現があったではないか。私は気がついた。

 本当に。最悪のクリスマスだ。そして、彼女わたしからのプレゼントは最悪のクリスマスプレゼントだ。

 私は彼女わたしのこれまでの記憶を全て手に入れた。彼女わたしからのプレゼントは記憶だった。

 この記憶をもしもの記憶だなんて拒絶するような言い方をしているけれど、正確には私の生みだした幻想だ。

 私の想像力が作り上げたもしもにもしもを重ねた私のある種の人生予知のようなもの。その産物をこと細かく私は手にしたのだ。

 いや、手にしたなどと言っているが全てを私が夢の中で想像した。

 自分にそんな力があったことは驚きだが、考える力というものは持っていて損はない。

 まぁとにかく、確認の必要がないどうでもいい事実たちは置いておいて、私はこのふわふわとした感覚に名前をつけなければならない。

 なんとなくだけれど、これから先もこの現実感が欠落した感覚は続いていきそうだった。多分、これは夢か何かだろう。覚めることなく永遠に私を苦しめ続けるナイトメア。

 これから長いこと時間を共有することになるのだからこの感覚にはちゃんと愛着のある名称というか、現象としての定義をしなければならない。

 いいや。面倒だからもう言ってしまおう。




 無事、私は彼女わたしを取り込んで私とった。


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