第11話『12月24日:月曜日』
「いやぁ〜、とうとう来たね。クリスマス」
「まだイブだけどな」
嬉しそうに頬を綻ばせる伽耶に杏が言葉を付け加える。
「2日まとめてクリスマスっていうんじゃないの?」
「正直どっちでもいいけどねぇ」
コントのように会話をする二人を見ながら優子が辛辣なコメントを吐きながら微笑む。
その微笑みは今まで見た中でも群を抜いて喜びの感情をにじませたものであり、その表情を見ると優子は特別なイベントに遭遇しつつあるのではないかと思えた。
「優子、何か嬉しそうだね?」
何かあったの?と聞くと、優子は「え?」と言って驚いた表情になったあと、すぐにいつものような笑顔に戻った。さっきのような幸せそうな表情ではなくいつも通りの表情だ。
どうやら、優子は自分が幸せを感じさせる表情をしていることに気づけていなかったようだった。
そんな優子の様子を見てとても人間らしいと思えた。けれど、これはどうも私には真似できそうになかった。
「みんな、クリスマスのプレゼントは何をお願いしたの?」
給食の時間、好物の揚げパンを頬張りながら伽耶が聞いてきた。
「本」
伽耶の問いに杏がすぐさま答える。
なんだかんだ言って杏は伽耶が大好きだから伽耶の問いにはいつも最初に杏が答える。その光景が微笑ましくて、私は胸の奥に湧き上がってくる温かい感情に少しだけ苦しくなった。
「私はねぇ…うーんとぉ、何お願いしたか覚えてないやぁ」
ほら、私って馬鹿だからさぁ。すぐに忘れちゃうんだよぉ。
そう言って自嘲気味に笑う優子を見て、私は気のせいにも思えるような悪寒を感じた。この子は何か、私たちが知りえない側面を持っている。そう思えてしまった。
「桜花は何もらうの?」
揚げパンを食べ終えた伽耶はミネストローネを啜りながら私に回答の催促をした。
正直答えるほどのものではないのだけれど、別に彼女をないがしろにする必要もない。
「私も杏と一緒で本だよ」
わずかに目を細め、口角を上げて笑みを含んだ表情を作り、言葉を放つ。いつも通りの私の行動。やっぱり、そんな自分の行動に吐き気がした。
食欲が失せてきて食べ物が喉を通らない。好きな揚げパンですらだ。
「えー。桜花も本なのかー。みんなどうしてそんなに勉強熱心なの」
心底理解できないといった様子で言う伽耶に「お前はもっと本を読め」と言いながら杏が苦手な酢の物を伽耶の皿に乗せる。
伽耶は増えた酢の物を機にすることなく食事を続ける。
「あれぇ?桜花ちゃん本をもらうことにしたのぉ?」
不思議そうに優子が聞いてくる。
「あーっと、もう本を用意してあるからダメっていわれたの」
「ふーん。そうなんだぁ」
優子がこれだけで諦めてくれて本当に良かったと思う。なにせ、あの時の言葉は私の言葉ではない。彼女の言葉だ。あの瞬間で望んでいた選択肢は彼女の選択肢で、もし彼女の要望が通っていたらと考えるとぞっとする。
おばあちゃんが私を心底心配している優しいおばあちゃんで本当に良かった。
そうでなければ、私は確実に死ぬことになっていた。
狂った少女である彼女が子供に夢を与えるサンタさんにお願いしたものは夢という言葉からは大きくかけ離れた現実味を強く孕んだものだった。
刃渡10センチ弱のサバイバルナイフ。刃はよく研がれており、柄の部分からして非常に歪で重量感がある。もちろんサバイバルナイフというだけあって繊維が強靭な植物を切ることができるし、もちろん肉を断つこともできる。
それが彼女の欲したものだった。
「私は本なんか読まないよぉ〜。そんな時間があったらゲームやるもん」
杏から愛のある説教を受けていた伽耶が反論をする。いや、反論と呼ぶにはあまりにも幼稚なものであることから、これはただの反発と表現する方が正解なのかもしれない。
「伽耶はクリスマスにゲームをもらうの?」
「え!なんでわかったの?!」
わざとらしさなどなく素で驚いている伽耶を見て私はおもわず吹き出した。
「えー!なんで笑うの?!どうして!」
本当にわからないといった様子で伽耶が騒ぎ立てる。
「お前がゲームばっかりやってるから結論が一つしかなくなるんだろうが」
ご飯ぐらい大人しく食えと言いながら伽耶の抜けているところを杏が指摘する。
伽耶はそれを聞いて感心したという様子で「はぇ〜」と間抜けな声を出した。
「それだけでわかっちゃうものなんだねー。杏はすごいなぁ〜」
と、褒められた杏はわかりやすく顔を赤くした。褒められ慣れていないっていうのもあるけれど、単純に伽耶にほめられたのが嬉しいといった様子だった。
「うるさい馬鹿。黙れ」
そう言って、杏は自分の感情をはぐらかした。
家に帰ると私は誰もいない自室で虚空に向かって話しかけた。
「ねぇ。あなたは私なんでしょ?」
当然返事はない。この部屋には私しかいないのだからむしろ返事があった方が異常だ。
けれど、私は沈黙を気にすることなく問いかける。
「あなたが確かに私なら、あなたも私と同じように死ぬことが強いはず。なのにどうして…」
言葉を吐き出そうとして心臓のあたりが痛んだ。脳の奥の方がふわふわとした浮遊感に襲われ、夢を見ているような錯覚を覚える。
私はそんな不快な感覚を堪え、なおも続ける。
「どうしてあなたはそんなにも死にたがっているの?」
これだけはどうしても確かめておかなければならないことだった。
せめて理由だけでも確認しておかなければ私はこの先長くは生きれない。そう遠くなはない未来に彼女の感情に当てられて間違えた選択をしてしまう。そんな予感がした。
だからこそ誰もいないとわかりきっている部屋に問いかけたのだけれど、やっぱり返答はなかった。
仕方がないといえば仕方がない。
ここ最近、彼女は姿を現さなくなったどころか声すらかけてこなくなった。
それはつまり、私のよくわからない妄想が消えようとしているということであり、幻覚を見ていた私が正常に戻ろうとしているということだった。
だから別に普通に戻っただけでおかしな点は何もない。本来声など聞こえるはずも何のだから、声が聞こえないのはそもそも普通のことなのだ。
だから仕方がないのだ。
私は諦めてベッドに寝転がった。そのまま買い溜めして消化できていない本を読み始めたのだが、どうも寒さが強くなっているようで体が訴えるように震えた。
本を読みづらいのは承知だが仕方がないと思い、私は布団に身を包んだ状態で活字を追うことを再開した。
しばらくして眠気が襲ってきて、クリスマスイブだというのにご飯すら食べることなく私は眠りに落ちてしまった。
ロマンティックのかけらもないなんとも泥臭い寝つき方だ。
この時に読んでいた本はなんだっけか。
とにかく、この時読んでいた本の影響かもしれないけれど私は不思議な夢を見た。
私ではなく彼女の視点での夢だった。
彼女は私と同じように、常に「死にたくない」と言う欲望、感情、恐怖に苛まれていた。
けれど、それは私が感じているものよりもはるかに強いもので、とても耐えられるようなものではなかった。




