過ぎたるは及ばざるが如し②
第五話 過ぎたるは及ばざるが如し②
【何かを求めて差し出された手は、
すでに計算された手である。
汝らはそれを知りながら、
なお行うな。】
叱る声。
笑い声。
騒ぐ声。
何かがぶつかる音。
外の賑やかな物音で目が覚めた。
周囲を見回す。
トリーは大の字になって眠っていた。
ベルは部屋の隅で小さく丸くなっている。
司祭の姿はない。
散歩にでも出たのだろうか。
エリオンはそう思いながら立ち上がった。
疲れていたはずなのに、
身体は思ったより軽かった。
階段を下りる。
少し開いた扉の隙間から中を覗くと、
家の主人が朝食の準備をしていた。
食卓にはライ麦パン。
シチュー。
湯気を立てる鶏肉まで並んでいる。
エリオンは一瞬視線を止めた。
鶏肉は――
本当に大切な客が来た時にしか出ない料理だった。
朝から出すようなものではない。
エリオンは少し考え、
首を振った。
「……祭りだからか」
そう思った。
だが、
胸の奥に小さな引っかかりが残る。
エリオンは外へ出た。
司祭が戻れば、
皆で朝食を食べられるだろう。
外では祭りの準備が進んでいた。
口笛を吹きながら大鍋をかき混ぜる者。
笛を吹いて子供たちと遊ぶ者。
子供たちはその周りを走り回り、
笑い声を上げている。
鶏を捌く手も忙しい。
――それだけではない。
豚まで吊るされていた。
一頭ではない。
エリオンは足を止める。
今朝、
鶏肉が出ていたことを思い出した。
祭りとはいえ、
随分気合が入っているな。
そう思ったが、
すぐに視線を逸らした。
子供たちが元気に挨拶をしてくる。
大人たちも巡礼者だと気付き、
丁寧に迎えてくれた。
「こんな喜ばしい日に巡礼者様が来るとは……」
腰の曲がった老人が目を輝かせ、
エリオンの手を強く握る。
「どうか一緒に祈ってくださいませんか」
エリオンは苦笑しながら、
そっと手を抜いた。
「今は司祭様を探しているんです」
「また後で機会があれば」
言い終わる前に、
今度は女性が近づいてきた。
籠から葡萄を取り出し、
エリオンの手へ押し付ける。
「これも食べてくださいな」
「とても美味しいんですよ」
「もうすぐ食事なので……」
「なら食後にどうぞ!」
断る隙もなかった。
女性は笑顔で頭を下げ、
むしろ礼を言い残して去っていく。
エリオンは手の中の葡萄を見下ろした。
……何もしていないのに。
なぜだろう。
葡萄が妙に重く感じた。
再び子供たちが近寄ってくる。
よそ者に対して妙に気さくだった。
こんなものだっただろうか。
エリオンは首を傾げながら、
軽く笑った。
「司祭様を見なかったか?」
「金色の髭が立派な人なんだけど」
子供たちは我先にと手を挙げる。
「こっち!」
「こっちだよ!」
エリオンは子供たちの後を追った。
案内された先は、
村の外れの畑だった。
そこには司祭が一人で立っていた。
人で賑わう村とは違い、
ここだけは妙に静かだった。
司祭は辺りを見回した後、
無言で畑の中央へ歩いていく。
そしてゆっくり膝をついた。
そのまま手を伸ばし、
芽を観察する。
動きは慎重だった。
まるで目の前のものが、
少し力を入れれば壊れてしまうかのように。
エリオンは少し離れた場所から見守っていた。
やがて子供たちを帰す。
子供たちは名残惜しそうに手を振りながら去っていった。
エリオンも軽く手を振り返し、
再び司祭へ目を向ける。
静かに近づいた。
腰を落とし、
同じものを見る。
視界に映ったのは――
芽だった。
鮮やかな緑色だった。
大きさも、
すでに手のひらを超えている。
この時期に育ったものとしては、
少し成長が早い気がした。
司祭は動かない。
エリオンが隣に来たことにも気付いていないようだった。
その視線は、
ただその小さな芽だけに向けられていた。




