過ぎたるは及ばざるが如し①
第四話 過ぎたるは及ばざるが如し
【人は苦しみの中で揺らぎ、
安らぎの中で堕落する。
だから世界は、
苦難だけで人を試すわけではない。
時には与えすぎることで、
人を滅ぼすこともある。】
家の中へ入った瞬間、
温かな空気が全身を包み込んだ。
「はぁ……生き返ったぁ!」
トリーが大げさに腰を曲げる。
「はぁ……」
ベルも小さく頷きながら息を吐いた。
エリオンと司祭は何も言わない。
荷物を二つ背負ったまま雨に打たれたせいで、
口を開く気力すら残っていなかった。
「さあさあ。
まずは火に当たって休みなさい」
中年の男が私たちの顔色を見ながら言った。
「服も乾かした方がいい」
「何か食べた方が良さそうだな……
少し待っていてくれ」
そう言って男は奥へ引っ込んだ。
その姿が見えなくなった途端、
トリーがその場へ大の字に倒れる。
「本当に!
本当に疲れたぁ!」
ベルは私たちを見比べた後、
おずおずとエリオンへ手を伸ばした。
「重かったですよね?
荷物、ください」
床へ置くだけでもよかったが、
エリオンは笑いながら荷物を渡した。
ベルは慎重に受け取り、
静かに床へ下ろす。
さらにもう一つにも手を伸ばした。
エリオンはそれも渡した。
司祭はその様子を少し見ていたが、
やがて荷物を置き、
大股でトリーへ近づいた。
そして――
ゴンッ。
「いたぁっ!」
トリーが頭を押さえる。
司祭はもう一度拳を振り下ろした。
「司祭様!
痛いですって!」
「痛くなるように叩いたからね」
エリオンは笑いを堪えながら、
ポンチョを脱いだ。
雨を吸った布は重く垂れ下がっている。
重い。
そして冷たい。
エリオンは上着も脱ぎ、
暖炉の近くへ掛けた。
トリーと司祭もそれに続く。
ベルだけがその場に残った。
ポンチョは脱いだが、
上着はまだ着たままだった。
「家の人が戻ったら、
着替える場所があるか聞いてみるよ」
ベルは少し頬を赤くした。
「……ありがとうございます」
エリオンは頷くと、
何気なく部屋を見回した。
廊下の中央に置かれた暖炉。
奥にある寝室。
そして――
ひまわり。
エリオンは思わず視線を止めた。
今の季節に咲く花ではない。
ふと、
外の畑を思い出す。
芽が出たばかりだった。
種を蒔いてまだ間もないはずなのに。
エリオンは首を傾げた。
考えすぎだろうか。
そう思った時だった。
「大したものはありませんが、
スープを持ってきました」
中年の男が戻ってきた。
彼は器を暖炉の近くへ置く。
「温めてから召し上がってください」
男は私たちを見回した。
「その格好を見るに……
巡礼者の方々ですかな?」
「はい。
おかげで助かりました」
司祭が答えると、
男は慌てて手を振る。
「いやいや。
当然のことをしたまでです」
「神に仕える土地で巡礼者を追い返したら、
罰が当たってしまいますからな」
そう言って、
男は双子へ目を向けた。
「若いのに巡礼へ出るとは、
立派なものです」
トリーは頭を掻いた。
「へへっ」
ベルも軽く頭を下げる。
男はさらに続けた。
「それに、
時期も良かった」
トリーが首を傾げる。
「良かったって?」
「こんな大雨なのに?」
男は笑った。
「そう。
ここ数日、
村が本当に順調でね」
「作物もよく育つし」
「聖霊の祝福も豊かだ」
エリオンは再びひまわりを見る。
青々とした葉を広げ、
かすかに揺れていた。
司祭も一瞬だけ視線を向ける。
そして男へ尋ねた。
「ここ数日……ですか?」
男は頷いた。
「ええ」
「祈りが届いたのかもしれません」
「良いことしか起きないんですよ」
男の顔は晴れやかだった。
「だから明日から感謝祭です」
「皆で祈り、
皆で分かち合う」
その瞬間、
トリーが飛び起きた。
「……お祭り?」
目が輝いている。
「本当に!?」
男は笑って手を振る。
「そんな大したものじゃありません」
「まあ、
上手くいってますからね」
――上手くいっているから。
なぜか、
その言葉が妙に耳に残った。
エリオンはふと司祭を見る。
司祭は何も言わない。
ひまわりを見つめたまま、
視線を離そうとしなかった。
「だから巡礼者の皆さんが来たのも、
良い巡り合わせですよ」
男は笑う。
「この雨だって、
導きだったのかもしれません」
そう言って咳払いを一つ。
それから芝居がかった口調で言った。
「さあ来なさい。
共に喜びなさい」
「腹いっぱい食べて、
幸せになりなさい!」
そして片目をつぶる。
「きっとそういう意味でしょう」
トリーが拍手した。
「わあ、いいな!」
ベルも微笑む。
けれど――
司祭は何も言わなかった。
ただ静かに、
どこか遠くを見ていた。




