苦難
第三話 苦難
【善き者に報いを、
悪しき者に罰を与えるのが正しいのではありませんか。
なぜ神は試練という名のもとに苦しみを与えるのでしょう。
なぜ悪しき者を放置し、
栄えるままにしておくのでしょう。
ある司教はこう答えた。
教師が子供に試験を与えたからといって、
それを罰と呼ぶだろうか。
職人が良い剣を作るため、
鉄を熱し、打ち鍛えることを、
残酷と呼ぶだろうか。
戦場で策を巡らせる将を、
その策に巻き込まれた兵が恨むのは、
果たして正しいことだろうか。】
私たちの目的地は、
ロイロス神聖王国南東部にある首都、
中央教会大聖堂だった。
そこへ辿り着くためには、
まず王国中央部の大都市を経由しなければならない。
そしてその大都市へ向かうには、
東にある小都市オルムを通る必要がある。
私たち最初の目的地は、
そのオルムだった。
「そういえば、そのオルムって」
ベルが首を傾げながら司祭を見上げた。
「どんな場所なんですか?」
「そんなことも知らないのかよ」
トリーがすぐに口を挟む。
「馬鹿だなぁ」
数秒後。
「いてっ!」
トリーはベルに殴られていた。
エリオンは思わず吹き出し、
トリーの髪をくしゃくしゃにする。
「勝てもしないのに毎回挑むなよ」
「むぅ……」
トリーは不満そうに頬を膨らませた。
「もう少し大きくなったら、
絶対僕の方が強くなりますからね」
ベルは勢いよく振り向く。
拳まで見せつけた。
「まだ懲りないの?」
「ちょっと早く生まれただけだろ……」
トリーが小さく呟く。
ベルが睨むと、
彼はそっとエリオンの後ろへ隠れた。
司祭はその様子を見て笑う。
「オルムはね」
「私たちのような西側の人間にとって、
とても大事な中継地点なんだ」
ゆっくりと説明を続ける。
「聖騎士団が定期的に巡回しているし、
魔物や盗賊もかなり討伐されている」
ベルの表情が少し硬くなった。
「魔物……」
するとトリーが胸を張る。
「僕なら平気だけどなー」
「ベル、怖いの?」
エリオンは再び彼の髪を掻き回した。
「また余計なこと言ってる」
司祭は苦笑しながら続ける。
「仕事を探しに来る傭兵も多い」
「護衛を雇うのにも向いている場所だよ」
そう言って、
道の先へ目を向けた。
「私たちの村は開拓が終わっているから、
出てもゴブリンが数匹程度だ」
「だが他の地域はまだそうじゃない」
エリオンは少し考えてから尋ねる。
「では、
私たちもそこで護衛を雇うのですか?」
「そのつもりだ」
司祭は頷いた。
「本当なら私が先に行って、
連れて来るべきだったんだが……」
言葉が止まる。
「……旅費が……」
一瞬、
沈黙が流れた。
司祭は慌てて咳払いをする。
「と、とにかく!」
そして双子へ向き直った。
「村とは比べものにならないくらい大きい街だ」
「見るものも多いし、
美味しいものもたくさんある」
まずトリーを指差す。
「お前が食べたいと言っていた
焼きとうもろこしもあるぞ」
次はベル。
「ベルが欲しがっていた
綺麗な装飾品もある」
トリーの目が輝いた。
ベルも少し顔を上げる。
司祭は大げさな身振りまで交えながら、
大道芸人や高い城壁の話を続けた。
二人の表情はどんどん明るくなっていく。
エリオンは頭を掻いた。
少し困らせる質問だったかもしれない。
巡礼に出て二日目。
双子にも疲れが見え始めていた。
ベルは隠そうとしている。
だが目元には疲労が滲んでいた。
トリーは隠そうともしない。
「いつ着くんだよぉ……」
エリオンは二人を見つめた。
十四歳。
その数字が、
急にずっと幼く見えた。
世間では大人として扱われる年齢だ。
だが体はまだ成長途中。
巡礼の旅は、
彼らには少し早すぎる苦難なのかもしれない。
エリオンは小さく息を吐いた。
ふと空を見上げる。
黒い雲が集まっていた。
空気も湿って重い。
少し息苦しい。
「……雨が来そうだな」
エリオンは司祭へ近づき、
声を落として言った。
「荷物を分けた方が良いのでは?」
「少し急いだ方が良さそうです」
司祭は少し考え、
頷いた。
「トリー、
荷物を貸してくれるかい?」
「はい!」
トリーの顔がぱっと明るくなる。
エリオンはベルへ手を差し出した。
ベルは少し迷った。
「だ、大丈夫です」
「私が持てますから……」
エリオンは首を振る。
「ベル」
「今は時間の方が大事だ」
ベルは空を見上げる。
それから静かに荷物を差し出した。
エリオンはそれを受け取り、
前に背負う。
ベルの表情は少し沈んでいた。
「今度、
ベルが助けてくれればいい」
エリオンは笑った。
「……はい」
小さな返事だった。
私たちは再び歩き出した。
空はますます暗くなる。
黒雲が広がり、
風も強くなった。
遠くで雷が鳴る。
ぽつり。
ぽつり。
雨粒が落ち始め――
やがて土砂降りになった。
「うわぁっ!」
「あと少しだったのに!」
トリーが叫ぶ。
街は見えていた。
だが辿り着くより先に、
雨が私たちへ追いついた。
雨水がポンチョを伝って流れ落ちる。
最初は問題なかった。
油を塗り込んであったからだ。
――少なくとも、
私たちは。
「うわっ! 濡れる!」
トリーだった。
ポンチョを押さえながら大騒ぎしている。
「なんで!?」
「水が入ってくるんだけど!?」
エリオンは横目で見る。
ポンチョの端から、
水がぽたぽた垂れていた。
「お前……」
「ちゃんと油塗ったか?」
「塗りましたよ?」
「いつ」
「それは……」
トリーは視線を逸らした。
エリオンはため息をつく。
「適当にやったな」
「違いますって!」
だが既に服の中までびしょ濡れだった。
ベルがぽつりと言う。
「……トリー」
トリーはへらっと笑った。
司祭が振り返る。
「もう少しだ!」
「街はすぐそこだぞ!」
私たちは残った力を振り絞り、
前へ進んだ。
「寒い……」
「お腹空いた……」
トリーの声はどんどん小さくなる。
その時だった。
エリオンは畑の向こうに明かりを見つけた。
芽吹いたばかりの畑の先。
ぽつんと一軒の家が建っている。
窓から暖かな灯りが漏れていた。
私たちは顔を見合わせる。
言葉は必要なかった。
全員が頷き、
その家へ向かった。
家の前で、
司祭が扉を叩く。
「ごめんください!」
「巡礼者です!」
「少し雨をしのがせていただけませんか!」
しばらくして――
扉が開いた。
暖かな空気が流れ出る。
そこに立っていたのは、
中年の男だった。
男は私たちを見回し、
少し笑った。
「こんな天気の日に……」
そう言って扉を大きく開く。
「さあ、入んなさい」




