終着地①
[人は鋼にも似ている。
鍛えれば、強くなる。
同じように、太陽なる御方は
よき刃を作るため、試練をもって人を鍛える。
耐えきれず砕けた刃は捨てられ、
生き残ったよき刃だけが、あの御方のために用いられるだろう。
ゆえに、試練が重いと嘆いてはならない。
すべては、お前たちを大きく用いるためなのだから。]
朝の陽射しが部屋の中へ差し込んでいた。
エリオンは寝床から起き上がり、
前もってまとめておいた背嚢を持ち上げた。
着替え。
匙と箸。
干物をいくつか。
それなりに軽くまとめたつもりだったが、
いざ肩にかけてみると、思ったよりも重かった。
エリオンは背嚢の紐を直し、
首にかかった木の首飾りに一度触れた。
太陽の紋様が指先に触れた。
その時だった。
扉を叩く音がした。
「エリオン! 起きてる?」
サラの声だった。
エリオンが扉を開けると、
サラが息を切らしていた。
ここまで走ってきたらしい。
赤い髪は少し乱れていて、
頬は陽射しよりも赤く染まっていた。
エリオンはしばらく彼女を見つめてから、
笑った。
「僕、まだ遅れてないよ」
「遅れてるとか、遅れてないとかの問題じゃないの」
サラはすぐに彼の手首を掴んだ。
「行く途中で何があるか分からないでしょ。
置いてきたものを思い出すかもしれないし、
急に早く出発するかもしれないし」
「それで走ってきたの?」
「じゃあ歩いてくればよかった?」
エリオンは笑いをこらえきれなかった。
サラはその顔を見て、じろりと睨んだ。
「笑わないで」
「うん」
「本当に笑わないで」
「分かった」
エリオンは答えながらも、
結局少し笑ってしまった。
サラはため息をついた。
「行こ」
二人は坂道を下っていった。
村はいつもと変わらなかった。
洗濯物を干していた婦人が手を振り、
漁網を担いだ男が軽く頷いた。
「気をつけて行ってこいよ」
老人の声が後ろから続いた。
エリオンは一つ一つ挨拶を返した。
そうしているうちに、
集合場所が近づいてきた。
司祭は先に来ていた。
いつものように、身なりは整っていた。
その傍には双子がいた。
紺色の髪をした少年と少女。
ベルとトリーだった。
ベルはトリーの荷物を見てやっていて、
トリーは面倒くさそうに額をしかめていた。
司祭はエリオンを見ると、手を上げた。
「来たか」
エリオンも頭を下げた。
「遅れてませんよね?」
「遅れてはいない」
司祭の視線が自然とサラへ向いた。
サラは思わずエリオンの手を離した。
司祭はその様子を見て、小さく笑った。
「仲がよさそうだな」
サラの顔が赤くなった。
「仲は……いいですよ。
悪かったことなんて、あったかな……」
司祭はそれ以上何も言わなかった。
ただ笑みを含んだ目で、
二人を交互に見るだけだった。
その視線だけで十分だった。
サラはとうとう顔を背けた。
「とにかく」
彼女はエリオンへ指を立てた。
「甘い言葉に騙されないこと」
「うん」
「田舎者だって見下されたら、黙って我慢しないこと」
エリオンは静かに頷いた。
「余計なお節介を焼いて、怪我しないこと」
「それはちょっと難しいかも」
「エリオン」
「分かった」
サラはさらに何かを言おうとして、
口を閉じた。
言いたいことはたくさんあるようだった。
けれど、いざ見送る時が近づくと、
その言葉は簡単には出てこないらしかった。
エリオンはそんなサラを見つめてから、
静かに彼女を抱き寄せた。
サラは一瞬、身体を固くした。
それからゆっくりと、
彼の服の裾を握り締めた。
「すぐ帰ってくるよ」
エリオンが低く言った。
サラは頷いた。
「うん」
声は少し小さかった。
「待ってる」
司祭は微笑ましそうに見守り、
ベルは口元を押さえて顔を赤くした。
トリーが小さく呟いた。
「兄ちゃん……やるなあ」
エリオンは彼女をもう少し強く抱き締めてから、
そっと離した。
二人を見守っていた司祭が、
一行を見回して言った。
「準備はできたか」
トリーが先に言った。
「はい!」
ベルは少し緊張した顔で、
頷くだけだった。
エリオンは最後にサラを見た。
サラは手を振っていた。
笑っていた。
けれど目元は少し赤かった。
エリオンも手を上げて見せた。
そうして一行は、
ゆっくりと道を歩き出した。
少し後。
「行ってらっしゃい!」
サラの声が風に乗って追いかけてきた。
エリオンは振り返らないようにした。
けれど数歩も行かないうちに、
結局もう一度振り返った。
サラはまだ、
その場に立っていた。
首にかかった太陽の首飾りが、
朝の陽射しを受けて小さく揺れていた。
エリオンはそれを一度握った。
そして再び前を向いた。
そうして巡礼は始まった。




