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巡礼者の道  作者: 잿빛서기관


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恩寵の重み①

第六話 恩寵の重み ①


【絶えず疑い、探求せよ。


そうして私を知り、

そうでないものを学べ。


甘きものを警戒し、


苦きものを飲み込め。


そうして汝を守り、

そうでないものを捨てよ。】


エリオンは司祭の隣に立っていた。


風が吹き、


若葉が静かに揺れる。


「……司祭様」


エリオンが声をかけると、


ようやく司祭は顔を上げた。


手についた土を払いながら立ち上がり、


肩を軽くすくめる。


「いやなに」


司祭は芽を横目で見ながら言った。


「よく育っていると思ってね」


そう言うと、


すぐに話題を変えるように続けた。


「そろそろ食事の時間だろう?


戻ろうか」


司祭はエリオンの背を軽く押した。


エリオンは促されるまま歩き出す。


だが、


一度だけ振り返った。


風の中で揺れる芽。


先ほどまでそれを見つめていた司祭の顔が脳裏をよぎる。


今のような穏やかな表情ではなかった。


だが――


エリオンはそれ以上尋ねなかった。


村へ戻る道は、


来た時よりもさらに賑やかになっていた。


人々は忙しなく動き回り、


あちこちで笑い声が上がっている。


私たちはその間を抜け、


家へ戻った。


扉を開いた瞬間、


温かな空気と共に鶏肉の香りが流れ込んできた。


食卓には料理が並び、


湯気が立ち上っている。


ベルとトリーはすでに席についていた。


トリーがこっそり料理へ手を伸ばす。


――パシッ。


ベルがその手を叩いた。


「待って」


トリーは肩をすくめて手を引っ込める。


「ちぇっ」


そこへ家の主人が笑顔で近づいてきた。


「おお、お帰りなさい!」


「料理が冷めるんじゃないかと心配していました」


「さあどうぞ。


今が一番美味しい時ですよ」


私たちは苦笑しながら席についた。


司祭が自然にエリオンの向かいへ座ろうとした時だった。


「ああ、違います違います」


主人が慌てて手を振った。


「そこではありません」


彼は上座を指差した。


「こちらへお座りください」


司祭は困ったように笑う。


「そこまでしていただかなくても」


「家主がおられるのに――」


「いえいえ!」


主人は即座に遮った。


「大切なお客様をその辺に座らせるわけにはいきません」


司祭は少し迷った後、


結局その席へ座った。


全員が席につく。


主人は満足そうに頷いた。


そして両手を合わせながら司祭へ視線を向ける。


「では司祭様。


食前のお祈りをお願いいたします」


ベルとトリーは姿勢を正した。


エリオンも自然と手を組む。


皆で目を閉じた。


祈りが始まった。


司祭の声は滑らかだった。


言葉は淀みなく流れ、


静かに胸の奥へ染み込んでくる。


不思議だった。


いつもより、


ずっと集中できる。


余計な考えが浮かばない。


祈りが途切れない。


エリオンは一瞬、


終わらせようと思った。


だが――


なぜだろう。


口は自然と動き続けていた。


祈りは止まらなかった。


そのまま、


その感覚に身を委ねた。


その時だった。


ふと、


何かを感じた。


気のせいかと思った。


だが違う。


確かに何かがある。


空気がわずかに動いた気がした。


エリオンは呼吸を殺した。


意識を集中させる。


すると――


感覚は少しだけ鮮明になった。


何かが、


すぐ近くを流れている気がした。


目を開ければ消えてしまいそうだった。


だからエリオンは、


しばらくそのままでいた。


どれほど時間が経ったのだろう。


ふと、


随分長く祈っていた気がした。


エリオンはゆっくり目を開く。


静寂。


ベルも、


トリーも、


主人も、


まだ目を閉じていた。


誰も動かない。


司祭はすでに目を開けていた。


そして、


どこか驚いたような顔で


こちらを見ていた。


ふと目が合う。


すると彼は、


すぐにいつもの表情へ戻った。


「……司祭様?」


「私の顔に何か?」


司祭は小さく首を振った。


「いや、


気にしなくていい」


エリオンは食卓を見る。


先ほどまで湯気を立てていた料理は、


すっかり冷めていた。


しばらくして、


ベルがゆっくりと目を開いた。


「……あれ?」


ぼんやりとした顔で周囲を見回す。


その後、


トリーも目を開けた。


「うわ……」


思わず声を漏らす。


「なんだこれ。


妙に調子がいいな」


その場で大きく伸びをした。


「頭もすっきりしてるし」


「祈りってこんな感じだったっけ?」


ベルは答えなかった。


その間に、


主人も目を覚ました。


彼は私たちを見回して微笑む。


「司祭様が祈ってくださったおかげでしょう」


「いつもより深く祈れた気がします」


そう言いながら食卓を見て、


慌てたように声を上げた。


「おやおや!


料理が冷めてしまいましたな」


主人は申し訳なさそうに笑い、


早く食べるよう勧めた。


ベルはエリオンと司祭の様子を窺ってから、


静かにスプーンを手に取る。


だが――


途中で動きが止まった。


スープを見つめる。


「……ベル?」


エリオンが声をかける。


ベルは少し迷ってから言った。


「……変じゃないですか?」


そして、


小さく続けた。


「これ……


鮮明すぎる気がします」


トリーが首を傾げる。


「何が?」


「その……


上手く言えないけど……」


ベルは言葉を探した。


だが最後まで続かなかった。


トリーは肩をすくめる。


「僕は好きだけどな」


スープを一口飲み込む。


「こんなに良かったの初めてだ」


そう言って笑った。


エリオンは何も言わない。


視線を落とす。


冷めた料理。


そして――


まだ残っている、


あの妙な感覚。


エリオンは静かにスプーンを取った。


口へ運ぶ。


味が、


妙なほどはっきりしていた。


司祭は葡萄を一粒摘み上げた。


しばらく眺めた後、


口へ入れる。


「……甘いですね」


そう呟いた。


少し間を置いて続ける。


「旬でもないのに、


ここまで熟れるものですか?」


主人は楽しそうに笑った。


「もちろんですよ」


「神がお守りくださる村ですから」


司祭は頷いた。


「それは良いことだ」


――良いことにしては。


少し出来すぎていた。


食事を終えた後、


私たちは外へ出た。


村人たちは絶えず料理を運び、


辺りには肉の匂いが漂っている。


トリーは感心したように周囲を見回した。


「すごいな……」


「本気で祭りやってる」


子供たちは走り回り、


大人たちは笑い合っていた。


誰もが忙しそうだったが、


その顔には疲れより喜びが浮かんでいる。


ベルは何も言わない。


周囲を注意深く見ていた。


しばらく歩いていると、


少し離れた場所から言い争う声が聞こえてきた。


「いや……


さすがにこれはやり過ぎじゃありませんか」


中年の男だった。


周囲を気にしながら話している。


「祭りだとしても……


豚をこんなに潰してしまったら」


男の視線の先には、


吊るされた豚があった。


「冬を越す分まで使ってしまったら、


どうするんです」


すると近くにいた女が顔をしかめた。


「何を言ってるんですか!」


声が少し強くなる。


「感謝祭なんですよ!?」


「これくらい惜しいって言うんですか!」


「いや、


そういう意味じゃ――」


「神様が祝福してくださったでしょう!」


周囲の人々も口を挟み始めた。


「作物だって育ってる」


「皆元気になってるじゃないか」


「こういう時こそ感謝しなきゃ」


「ケチなことを言うもんじゃない」


男は困った顔になった。


「でも、


残すべきものは――」


その時だった。


誰かが静かに言った。


「……神の恩寵を疑うのですか?」


人々の声が止まった。


男は口を閉ざした。


人々は責め立てているわけではない。


ただ、


理解できないものを見るような顔をしていた。


しばらく沈黙した後、


男は無理に笑った。


「……いえ。


私が余計なことを言いました」


「こんな良い日に」


それを聞くと、


皆ほっとしたように頷いた。


「そうそう」


「今日は良い日だ」


「余計な心配はよしなさい」


誰かが男の肩を軽く叩く。


人々は再び祭りの準備へ戻っていった。


まるで、


何事もなかったかのように。


……


ベルが小さく呟く。


「……変です」


トリーも周囲を見回した。


「まあ、


ちょっとやり過ぎな気はするけど」


だがすぐに肩をすくめる。


「でも祭りだしな」


エリオンは何も言わなかった。


先ほどの男を見る。


男も笑っていた。


周囲と同じように。


けれど、


どこか無理をしているように見えた。


午後になる頃には、


村はすっかり祭りの熱気に包まれていた。


人々は笑い合い、


子供たちは広場を駆け回る。


楽師たちが奏でる音色が、


村中に響いていた。


トリーはすっかり祭りを楽しんでいた。


「見てくださいよ!」


串焼きを片手に、


嬉しそうな顔で駆け寄ってくる。


「これ、本当に美味しいです!」


「町でしか食べられないと思ってました!」


ベルは小さく笑った。


だが、


気が付けば、


いつの間にか


エリオンのすぐ隣を歩いていた。


本人も意識していないようだった。


村人たちは親切だった。


食べ物を分け、


笑顔で声をかけ、


一緒に祈ろうと誘ってくる。


誰も悪意など持っていない。


皆、


心から喜んでいた。


だからこそ、


エリオンは戸惑っていた。


歩く先々で、


同じ言葉を耳にする。


「神がお守りくださっています」


「恩寵が降りているんです」


「今年は特別な年になりますよ」


誰も疑わない。


誰も不安がらない。


その確信だけが、


妙に胸に引っかかった。


少し離れた場所で、


司祭が村人たちと話していた。


笑顔を浮かべながら、


一人ひとりの話に耳を傾けている。


だが、


どこか考え込んでいるようにも見えた。


ふと目が合う。


司祭は小さく頷いた。


それだけだった。


だが、


なぜか落ち着かなかった。


やがて日が傾き始める。


遠くから鐘の音が聞こえた。


夕刻の祈りを告げる鐘だった。


人々は自然と広場へ集まっていく。


中央には祭壇。


無数の蝋燭が灯されていた。


昼間の賑わいは消えている。


笑い声もない。


騒ぐ声もない。


静かな期待だけが広場を満たしていた。


ベルは無意識のうちに、


エリオンのすぐ隣へ寄っていた。


トリーは周囲を見回しながら、


感心したように呟く。


「すごいな……」


「本格的だ」


司祭は祭壇の前に立った。


蝋燭の火が揺れる。


静寂。


そして、


低く落ち着いた声が響いた。


「太陽の恩寵が、


この地に留まらんことを」


人々が一斉に頭を垂れる。


祈りが始まった。


最初は昼と同じだった。


頭が冴える。


意識が澄む。


余計な思考が消えていく。


だが、


今回はさらに深かった。


周囲の音が遠ざかる。


呼吸の感覚さえ曖昧になる。


時間の流れが分からなくなっていった。


どれほど経っただろう。


――どさり。


何かが倒れる音がした。


エリオンは反射的に目を開く。


広場の端。


一人の老人が倒れていた。


背中の曲がった老人だった。


指先が細かく震えている。


呼吸も乱れていた。


誰が見ても、


危険な状態だった。


だが――


老人の唇はまだ動いていた。


「……もう少し……」


かすれた声。


「……あと少しだけ……」


祈り続けていた。


エリオンは息を呑む。


思わず立ち上がろうとした。


その時だった。


司祭が動いた。


それは、


まるで決心したかのようだった。


真っ直ぐ老人の元へ向かう。


そして静かに声をかけた。


「もう十分です。


起きなさい」


老人の肩が震える。


だが、


目は開かない。


「……まだ……」


「……あと少し……」


司祭は老人の肩を掴んだ。


強く揺さぶる。


「目を覚ましなさい」


反応はなかった。


老人はなおも祈り続ける。


「……もう少し……」


その声は、


願いというより懇願に近かった。


司祭は歯を食いしばった。


そして――


パァンッ!


乾いた音が広場に響く。


老人の身体が揺れた。


唇が止まる。


静寂。


誰も動かなかった。


誰も声を出せなかった。


やがて、


一人の村人が震える声を漏らす。


「……何をなさるんですか?」


理解できなかった。


なぜ司祭が、


そんなことをしたのか。


司祭は答えなかった。


ただ、


倒れた老人を見つめていた。




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