整理②
朝食が終わると、
司祭が席を立ちながら言った。
「今日は傭兵ギルドへ行ってみよう。
時間があるうちに、一つずつ片づけていかないとな」
その言葉に、
トリーが慌てたように立ち上がった。
「い、行きましょう!
行きます!
行きましょう!」
そう言って無駄に先へ出ようとして、
椅子に引っかかり、転びかけた。
その姿に、
エリオンは思わず小さく笑ってしまった。
「トリー……
落ち着いて」
トリーはぎこちなく笑いながら、
頭を掻いた。
それからぎくしゃくと扉の方へ向かった。
一行は少しだけ顔を見合わせてから、
トリーの後を追って宿を出た。
王都の傭兵ギルド。
そこはラヘンと大きく違う場所ではなかった。
ラヘンの傭兵ギルドと似た規模で、
似た造りの建物だった。
ただ、
傭兵たちの雰囲気が違っていた。
鎖帷子をまとった傭兵。
重そうな鎧を身につけた傭兵。
よく手入れされた武器を提げた傭兵たち。
誰もが、
ただ者ではない気配を漂わせていた。
トリーがごくりと唾を飲み込んだ。
それから窓口に続く列の後ろへ、
おずおずと並んだ。
一行はあえて後を追わず、
近くで待った。
ベルが心配そうな目で見つめ、
エリオンは小さく手を振ってやった。
トリーはちらりと一行を振り返ってから、
再び窓口の方へ視線を戻した。
しばらくして。
ようやくトリーの番になった。
トリーは震える声で口を開いた。
「あ、あの……
カ、カトという傭兵が……
自分の名前を出して……
こ、この札を渡せって……!」
そう言って、
傭兵札を差し出した。
「そうすれば、
うまくやってくれるって……」
トリーの声はどんどん小さくなっていった。
窓口の職員はトリーを見て小さく笑い、
傭兵札を受け取った。
しばらく眺めていた職員が呟いた。
「ああ、鋼鉄傭兵団の傭兵札か」
それからトリーを見下ろした。
「よし。
横で少し待っていろ」
職員はすぐに後ろへ向かって声を張った。
「おい!
鋼鉄傭兵団に連絡を入れてこい!
新人が一人来たってな!」
遠くで誰かが首を伸ばして答えた。
「はい!
すぐ行ってきます!」
そう言うなり、
矢のように外へ飛び出していった。
その様子を見ていた司祭が、
ふと口を開いた。
「よく仕組みが整っているな」
それからベルを見た。
「仕組みが整っている場所は、
悪い場所ではない。
あまり心配しなくてもよさそうだ」
ベルは黙って頷いた。
けれど、
表情はまだ暗いままだった。
しばらくして。
大きな影がトリーへ近づいてきた。
体格が山のような男だった。
トリーは首をいっぱいに上げ、
その男を見上げた。
トリーと目が合った男はにやりと笑い、
彼の身体をあちこち眺めた。
「ふむ。
骨格は悪くないな。
身体はもう少し大きくする必要があるが……
まあ!
しっかり食わせればすぐ育つだろう!」
そう言うと、
トリーの背中をぱんと叩いた。
トリーが悲鳴を上げた。
「何をそんなに緊張している!
男だろう!」
トリーはじんじんする背中をさすった。
大柄な男が言った。
「それで、カトが送ってきたんだな!?」
「はい……
傭兵に興味があるなら来いって……」
男は豪快に笑った。
「よく来た!
男なら志を持つべきだ!
傭兵!
剣術!
依頼!
うむ!
浪漫の塊と言っていい!」
男が夢を追うには、
これ以上の場所はない!」
そう言うと、
自然にトリーの肩を抱き寄せた。
「さあ!
行くぞ!
俺がうちのギルドを案内してやろう!」
トリーはあっという間に引きずられていった。
その姿を見ていたベルが、
思わず一歩踏み出し、後を追おうとした。
だが、
司祭がすぐに腕を伸ばして彼女を止めた。
ベルはびくりとして、
司祭を見上げた。
司祭はゆっくりと首を横に振った。
「ここからは、一人でやらなければならない」
ベルは唇を噛んだ。
トリーがちらりと一行を振り返った。
一行は黙ってトリーを見守っていた。
まるで……
最後を見送っているようだった。
まだ、
別れの時でもないのに。
胸が妙に熱くなった。
トリーは一行を振り返ってから、
視線を前へ戻し、
大きく息を吸い込んだ。
拳をぎゅっと握り、
顔を引き締めた。
男がトリーをちらりと見て、
大きく笑いながら言った。
「そうだ!
男の顔はそうでなくてはな!
気に入ったぞ!」
そうして……
彼らは騒がしく遠ざかっていった。
宿へ戻る道だった。
傭兵ギルドを出た後も、
ベルは何度もギルドの方を振り返り、
不安そうにしていた。
司祭がベルをちらりと見て言った。
「心配するな。
きっと、うまくやる」
ベルは答えず、
唇をぎゅっと結んで深くうつむいた。
エリオンがベルの肩に手を置いて言った。
「迎えに来た人も、
悪い人には見えなかったよ。
雰囲気を見る限り、
大丈夫な場所だと思う」
ベルはエリオンをちらりと見上げ、
またうつむいて言った。
「うまく……
いくといいです」
エリオンは小さく笑い、
ベルの髪をそっと払ってやった。
ベルは髪を持ち上げてみてから、
小さく呟いた。
「お姉さんに会いたい……」
その言葉に、
エリオンはびくりとして、
口を閉ざした。
司祭は二人を見守っていたが、
ふと足の向きを変えて口を開いた。
「帰りに、
寄っていかなければならない場所がある」
エリオンは首を振るようにして表情を整えた。
それから司祭を見て尋ねた。
「どこですか?」
司祭が答えた。
「中央教会だ」
ベルとエリオンが同時に目を瞬かせた。
エリオンが言った。
「急にですか?」
「入学に関して、
必要な手続きがあってな」
その言葉に、
エリオンの顔がこわばった。
入学。
その言葉を聞いた瞬間、
緊張が押し寄せてきた。
トリーの番が終わった途端、
今度は自分の番が近づいてきた。
司祭はそれ以上説明しなかった。
先に歩き、
一行を導いた。
一行も静かに司祭の後へ続いた。
中央地区へ入るほど、
景色が変わっていった。
エリオンは思わず辺りをきょろきょろと見回した。
巨大な建物が立ち並び、
白い建物が陽の光を受けて美しく輝いていた。
あれを維持するには、
どれだけの金と人手が必要なのだろう。
そんなことを考えてしまうほどだった。
建物だけではなかった。
通りを行き交う人々の服装も違っていた。
従者を連れた貴族。
護衛騎士とともに歩く商人。
華やかなドレスをまとい、
扇を広げた婦人。
真っ白な正装に身を包み、
杖をついて歩く老人。
誰もが品格を備えていた。
エリオンは思わず口を開けた。
気にすることが多すぎて、
目に入っていなかった景色だった。
今になってようやく、
その姿が見え始めていた。
王都は本当に別世界だった。
ベルも目を丸くして辺りを見回していた。
エリオンも呆けたように眺めていると、
通り過ぎた婦人がくすりと笑いながら、
ウインクを投げてきた。
エリオンが慌てて目を逸らすと、
彼女はくすくす笑いながら通り過ぎていった。
その様子に司祭は小さく笑い、
すぐにまた歩き出した。
ほどなくして、
中央教会に到着した。
ところが……
思っていたより小さかった。
ラヘンの双子教会より、
ずっと小さく感じられた。
華やかでもなく、
質素で端正な場所だった。
中央教会といえば、
当然、巨大な建物を想像していたのに……
意外だった。
その時、
近くから誰かの声が聞こえてきた。
「何だよ。
中央教会っていうから来てみたのに、
ずいぶんしょぼいな」
若い男の声だった。
そばにいた中年の男が舌打ちした。
「まったく、見た目しか分からん奴だな」
「ここは初めて教会が建てられた場所だそうだ」
中年の男は教会へ顎をしゃくった。
「大きさが大事なのか?
意味が大事なんだよ」
若い男は気まずそうに笑って言った。
「知らなかっただけですよ。
知らなかっただけですって。
なるほど、そういうことなんですねえ。」
その言葉に、
エリオンも小さく頷いた。
そういうことか。
エリオンは中央教会を見上げた。
意味が大事、か……
何か大切な教えを悟ったような気がした。
司祭はエリオンとベルに待つように言うと、
中央教会の入口へ近づいた。
門番が司祭を遮り、
用件を尋ねた。
「関係者以外は立ち入り禁止です。
ご用件があるなら官庁へ……」
司祭は懐から一通の手紙を取り出した。
「重要な書簡です」
そして静かに付け加えた。
「ガレク・テリオ司教様へお渡しください」
門番が眉を上げた。
彼は手紙を受け取ると、
表と裏を確かめながら不思議そうにした。
そして……
差出人を確認した瞬間。
門番の表情が固まった。
差出人――アント・テリオ。
彼の目が見開かれ、
慌てて頭を下げた。
司祭が構わないと手を振ると、
門番は顔を上げ、
震える声で言った。
「しょ、少々お待ちください!」
彼はすぐに中へ駆け込んでいった。
その様子を、
ベルとエリオンは不思議そうに見守っていた。
しばらくして。
門番が管理者らしき男とともに戻ってきた。
管理者は手紙を見ながら差出人を確認した。
そして眉間にしわを寄せ、
ため息をついた。
まるで、
面倒な問題を抱え込んだ人のようだった。
男は遠くから司祭を横目で見て、
首を横に振った。
管理者は門番に何かを告げると、
中へ入っていってしまった。
門番が再び司祭のもとへ近づき、
丁寧に言った。
「お預かりしました。
返事がございましたら、
お届けいたします」
それから慎重に尋ねた。
「お泊まりの宿を教えていただけますでしょうか」
司祭は頷き、
宿の名を告げた。
用件はそれで終わりだった。
司祭は振り返り、
歩き出した。
すると、
じっと自分を見つめるベルとエリオンと目が合った。
「何をそんなに見ている?」
エリオンは少し迷った。
「司祭様……
思っていたより偉い人だったんですか?」
司祭は小さく笑って答えた。
「そうだったなら、
こんなふうに歩き回ってはいないだろう」
司祭の言葉に、
ベルとエリオンは顔を見合わせた。
互いに、
分からないという顔をしていた。
司祭は首を横に振り、
先に立って歩き出した。
「ひとまず宿へ戻ろう」
そう言って、
口を閉ざしてしまった。
ベルとエリオンはそれ以上尋ねることができず、
静かに後についていった。
彼らはそうして、
静かに宿へ向かって歩いていった。




