空席
レアが去った後も、
一行はしばらく城門の前を離れられなかった。
人々は変わらず行き交っていた。
馬車が通り過ぎ、
商人たちが声を張り上げている。
兵士たちは無関心に人々を通していた。
そのすべての動きの中で、
一行だけが立ち止まっていた。
トリーは鼻をすすっていた。
ベルは何も言わないまま、
レアが消えた道だけを見つめていた。
司祭も、しばらく口を開かなかった。
エリオンはレアが遠ざかっていった方を見つめ、
ゆっくりと拳を握りしめた。
もう、本当に見えなかった。
司祭が低く言った。
「行こう」
誰も答えなかった。
けれど、
誰も反対しなかった。
一行はゆっくりと身を翻した。
戻る道は静かだった。
トリーは何度か口を開きかけたが、
結局、何も言えなかった。
いつもなら、
レアが先に何か言ったはずだった。
泣きそうな顔をするな、とか。
あるいは、
田舎者どもが揃いも揃って葬式みたいな顔をしてる、とか。
けれど、
何も聞こえなかった。
そのせいか、
沈黙がいっそう重く感じられた。
その日の夕方、
一行は静かに食事をした。
いつも座っていた場所に座り、
いつものように料理が出てきた。
それなのに、
どこかずれていた。
レアが座っていた席が空いていた。
トリーはその席をちらりと見て、
わざと別の場所に座った。
ベルは食卓を見つめていたが、
無意識に皿をもう一枚取り出そうとした。
そこで止まった。
指先が一瞬、固まった。
ベルは何も言わず、
皿を元に戻した。
その様子を見ても、
誰も何も言わなかった。
スープをすくう音。
パンをちぎる音。
そんな小さな音だけが、
食卓の上を行き交っていた。
エリオンは干し肉を置いた。
食欲がなかった。
トリーも結局、
それを食べることができなかった。
ベルはうつむいたまま、
スープだけをゆっくりとかき混ぜていた。
司祭はそんな一行を一度見回し、
静かに目を伏せた。
その夜。
エリオンはなかなか眠れなかった。
寝台に横になっても、
別れの時のことばかりが浮かんできた。
レアが手を振っていた姿。
平気なふりをして笑っていた顔。
そして最後に残した言葉。
今まで通りに生きな。
それが似合ってる。
エリオンは目を閉じた。
その言葉は慰めのように聞こえた。
けれど同時に、
胸を重く押さえつけた。
今まで通りに生きたら。
また誰かが傷つくのではないか。
その考えは、
なかなか消えてくれなかった。
翌朝。
エリオンは重い頭を押さえながら身を起こした。
部屋の中は静かだった。
トリーは布団を抱きしめたまま眠っていた。
顔をひどくしかめている。
司祭は窓辺に座っていた。
外を見つめていた。
エリオンはしばらく見守ってから、
静かに尋ねた。
「司祭様」
司祭は答えなかった。
「何を考えているんですか?」
しばらく沈黙が流れた。
司祭は窓の外から目を離さないまま言った。
「何も考えていなかった」
その言葉は、
何も考えまいとしていた、
という意味のように聞こえた。
エリオンはそれ以上尋ねなかった。
司祭はゆっくりと立ち上がった。
「今日は教会へ行ってみよう」
エリオンがぴくりとした。
「教会へ行って……
何をするんですか?」
声が少し刺々しく出た。
司祭はしばらくエリオンを見つめた。
そして静かに言った。
「今、レアのためにできることは、
祈ることくらいしかないからだ」
「……」
「意味があるかどうかの問題ではない」
司祭は低く息を吐いた。
「ただ……
できることがそれしかないんだ」
エリオンは答えられなかった。
その言葉が気に入ったわけではなかった。
けれど、
反論する言葉も浮かばなかった。
日が少し高くなった頃、
一行は教会へ向かった。
教会と呼ぶには、
少し曖昧な場所だった。
城壁のあちこちに祈りの場が設けられていて、
どこからでも祈りを捧げることができた。
司祭は人の少ない場所を選び、
足を止めた。
質素な礼拝室だった。
椅子は古びていて、
壁には古い太陽の紋様が掛けられていた。
一行は一番前に座った。
ベルは両手をぎゅっと組み、
目を閉じた。
トリーもしばらく太陽の紋様を見つめてから、
ゆっくりと頭を下げた。
司祭は聖印を切った。
そして祈りを捧げた。
誰も言葉を発しなかった。
エリオンだけが、
しばらく目を閉じることができなかった。
彼は太陽の紋様を見つめた。
村人たちの顔が浮かんだ。
病人の痩せた手。
道を開いてくれた巡察隊員。
森へ飛び込んでいったレア。
そして。
背後で消えてしまった人々。
祈りに意味はあるのだろうか。
あの日、
祈らなかった者がいただろうか。
助けてくれと。
守ってくれと。
返してくれと。
誰かはきっと祈ったはずだ。
それでも、
何一つ守られなかった。
エリオンは拳を握りしめた。
その時、
司祭の言葉が浮かんだ。
できることがそれしかないんだ。
エリオンはゆっくりと目を閉じた。
そして祈った。
レアが無事でありますように。
あの病人が見つかっていませんように。
どうか。
この世界が、
善き人々を簡単に見捨てませんように。
祈りは長くなかった。
祈りを終えて外へ出た後も、
一行は無言だった。
ベルは目元をこすり、
トリーはうつむいたまま歩いていた。
エリオンも静かについていった。
司祭はそんな一行を一度振り返った。
日が傾いていた。
赤く染まった空の下、
王都の城壁が長い影を落としていた。
風が静かに通り過ぎた。
司祭がふと口を開いた。
「いつまでも沈んでいるわけにはいかないだろう」
一行の視線が彼へ向いた。
司祭の顔にも疲れが残っていた。
けれど、
その声はいつもより固かった。
「今夜は、
これからのことを話そう」
誰も答えなかった。
けれど、
反対する者もいなかった。
ベルは不安そうな顔でうつむき、
トリーは唇をぎゅっと結んだ。
エリオンは司祭を見つめてから、
ゆっくりと頷いた。
そうして一行は宿へ戻っていった。
レアのいない部屋へ。
レアのいない食卓へ。
そして。
それぞれの道を話さなければならない夜へ。




