責任
翌日の夕方。
閉ざされていた部屋の扉が開いた。
顔は相変わらず痩せていて、
目の下には濃い影が残っていた。
それでも彼女は、
無理やり口元を上げた。
「何だよ」
声は少しかすれていた。
「みんな、葬式でも済ませたみたいな顔してるな」
ベルが泣きそうな顔をした。
「お姉さん……」
レアはベルの頭を撫でると、
軽く手を振った。
「大丈夫、とは言わないよ」
彼女はしばらく息を整えた。
「代わりに、酒でも飲もう」
エリオンとトリーは、
呆然と彼女を見つめた。
レアが眉をつり上げる。
「何だよ。
飲んじゃ駄目なのか?」
司祭が首を振りながら言った。
「その身体で……
酒を飲むつもりか?」
ベルも彼女を見上げ、
心配そうに言った。
「まだ身体もよくないのに……」
「酒で消毒すれば治る」
レアはそう言って、
ゆっくりと階段の方へ歩き出した。
足取りはまだ不安定だった。
それでも、
誰も彼女を止めなかった。
結局、下の階で酒の席を設けることになった。
丸い卓を囲んで座り、
ベルはレアの隣にぴったりとくっついていた。
エリオンは食卓を見下ろした。
安酒と、簡単な食べ物。
エリオンは安酒をじっと見つめた。
これは……
レアに初めて会った時、
飲んだ酒だった。
「……レアが奢ってくれた酒ですね」
レアが小さく笑って言った。
「早く酔うには、これが一番だからな」
そう言いながら、
杯に酒を注ごうとした。
エリオンは彼女の手からひょいと酒瓶を奪い、
自分で酒を注いだ。
レアはしばらく面食らったようにしていたが、
椅子に腕をかけてその様子を眺めた。
「病人扱いも悪くないな。
たまにはこういうのも――」
エリオンが硬い顔で彼女を見た。
レアの言葉が途切れた。
彼女は気まずそうに杯を持ち上げる。
「あー、分かったよ。
田舎者は冗談も通じないな」
そう言って、
一杯飲み干した。
「うっ……
これ、こんなにきつかったっけ?」
レアは口元を拭いながら、
鶏の手羽を手に取った。
そして匂いを嗅ぐと、
気持ち悪そうに顔をしかめた。
「獣臭いな」
結局、手羽を皿に戻してしまった。
皆、レアから目を離せなかった。
一行の視線が重かったのか、
レアは肩をすくめて言った。
「穴が開くっての……
もう見るなよ」
そう言いながら、
司祭に酒を注いだ。
「あんたも一杯」
そして……
トリーにも注ごうとして、
ふと手を止めた。
「ああ、お前は酒が嫌いだったな?」
トリーは首を振り、
杯を差し出した。
「注いでください」
レアは小さく笑い、
酒を注いだ。
トリーは受け取るなり、
大きく飲み干してしまった。
レアがつまみの皿を押しやりながら言う。
「一緒に食え。
胃をやられるぞ」
トリーは何か大きな決意でもするように、
つまみを睨みつけた。
それから手羽を掴み、
力いっぱいかぶりついた。
レアは頬杖をつきながら、
その様子を見守った。
エリオンも、司祭も、
トリーを見ながら杯を持ち上げた。
そうして、
酒の席は少しずつ続いていった。
皆、酔いが回り始めていた。
トリーは身体を軽く揺らしていて、
司祭はぼんやりと杯だけを見つめていた。
エリオンの顔も赤くなっていた。
エリオンはレアから目を離せなかった。
平気なふりをしている姿が、
どうしても目に入った。
エリオンは太陽の首飾りを強く握った。
彼はしばらく口ごもった後、
重く口を開いた。
「レア……
ごめんなさい」
レアが眉をつり上げた。
「……何が?」
「僕が……
意地を張ったから、それで……」
タン。
レアが杯を置いた。
その小さな動作に、
エリオンはそれ以上言葉を続けられなかった。
レアはエリオンを見つめた。
怒ったような顔をして、
悲しそうな顔をして……
やがて目を閉じ、
口を開いた。
「私の……
選択だった」
そして少し息を整えると、
小さく続けた。
「護衛を取り消すこともできたし、
無理やり引っ張っていくこともできた」
レアはさらに言葉を続けた。
「でも……
そうしなかった」
レアは寂しそうに笑って言った。
「ベルも……
トリーも……
司祭も」
そう言って、
エリオンと目を合わせる。
「あんたと一緒にいるのも……
楽しかったんだ。
だから、どうしてもできなかった」
一行は沈黙した。
レアは酒を一気に飲んだ。
そうして酒の力を借りるように、
再び口を開く。
「だから……」
レアは少し考えてから、
言葉を続けた。
「それは、私の選択だった」
ベルがレアを見上げ、
彼女のそばにぴったりと寄った。
レアはベルの髪を軽く撫でた。
「だから……
その話はここまで」
エリオンは杯をいじりながら答えた。
「……はい」
レアは酒を飲んだ。
「……話が出たついでに言うけど。
私……
話しておくことがある」
一行の視線が彼女に集まった。
レアはもう一度、酒を飲んだ。
しばらく迷った後、
重く口を開く。
「……私、故郷に帰ろうかと思ってる」
そう言いながら、
自分の身体を見下ろした。
「この状態じゃ……
何をするにもきつそうだからな」
彼女は深く息を吐いた。
「少し……
休んだ方がよさそうだ」
それから杯を指先でいじりながら言った。
「それで、なんだけど……」
彼女はしばらく迷った末、
結局口を開いた。
「お前たちの帰り道は……
私が守ってやれそうにない」
レアはうつむいた。
「だから……
悪い」
しばらく、
誰も何も言えなかった。
エリオンは杯を持ち上げた。
苦い味が喉を伝って落ちていく。
司祭とトリーも、
静かに杯を傾けた。
レアが苦笑しながら言った。
「そんな顔するなよ。
まるで私が死にに行くみたいじゃないか」
エリオンは杯を見下ろしたまま尋ねた。
「いつ……
発つんですか?」
彼女は椅子の背もたれに身体を預けたまま、
しばらく黙っていた。
やがて、
レアが口を開いた。
「……明日はさすがに無理だな。
二日後くらい」
レアは自分の身体を見下ろし、
肩をすくめた。
「少し休みたいし、
準備する物も買わなきゃならないからな」
エリオンは杯を置いた。
「そう……
ですか」
ベルがレアを見上げて言った。
「もう少しだけ……
いてくれませんか?」
レアは何も言わず、
ベルを自分の方へそっと抱き寄せた。
ベルは一瞬戸惑ったが、
そのままレアの腕の中に収まった。
「私も、そうしたいんだけどな……」
レアは司祭を見た。
「司祭さん」
「何だ」
「金は少し残ってる?」
司祭は懐を探った。
「……余裕はないな」
レアが小さく笑った。
「だろうと思った」
レアはかすかに笑いながら立ち上がった。
寄り添っていたベルも、
つられるように立ち上がる。
「私は先に上がるよ」
レアはひらひらと手を振った。
「疲れたから、早めに寝る」
エリオンも立ち上がろうとしたが、
酒のせいで椅子に座り直してしまった。
レアは彼を見下ろして言った。
「ほどほどに飲んで寝ろよ」
それから少し考え、
小さく笑って付け加えた。
「また面倒を起こすなよ」
レアはベルと一緒に階段の方へ歩いていった。
二人の足音が、
階段の上へ消えていく。
エリオンは空になった階段を見つめた後、
再び杯を握りしめた。
そのまま酒を飲み干した。
胃がむかむかしたが、
杯を置くことができなかった。
「司祭様」
司祭が顔を上げた。
「僕が……
何か間違えたんでしょうか」
司祭は答えられなかった。
「レアが無事に戻ってくることを願ったのに……」
エリオンは太陽の首飾りを握りしめた。
「テトさんも……
村の人たちも無事でいてほしいって願ったのに……」
司祭もトリーも、
ただエリオンを見つめていた。
「あの時、逃げながらずっと祈っていました」
エリオンは首飾りをさらに強く握った。
「なのに、何も……」
語尾が震えた。
「何も、守られませんでしたね」
司祭は杯を持ち上げ、
一口飲んだ。
そして……
答えられなかった。
「僕には……
本当に分かりません。司祭様」
エリオンは深くうつむいたまま呟いた。
「神というものは……
本当に、いるのか……」
「そこまでだ」
司祭の声が、
エリオンの言葉を遮った。
司祭はエリオンと目を合わせて続けた。
「見ている者が多い」
周囲を見回した。
周りから、
さりげなくこちらを盗み見る視線を感じた。
エリオンは口を固く閉ざし、
言葉を飲み込んだ。
そしてまた、
杯を飲み干した。
「本当に……
クソみたいな世界ですね」
そうして杯を傾け続け、
いつの間にか意識を失っていた。




