後遺症
一行は静かに通りを歩いた。
誰も口を開かなかった。
一行は歩き続け、
やがて一軒の宿に辿り着いた。
最初に取った宿よりも、
大きく、清潔な宿だった。
司祭は一行を振り返ると、
静かに中へ入った。
司祭は隣り合った部屋を二つ借りた。
一行は部屋を借りるなり、
上の階へ向かった。
司祭は割り当てられた部屋の前で足を止めると、
レアを振り返って言った。
「レア、入って傷を少し見てもいいか」
レアは迷った後、
小さく頷いた。
レアの同意を得ると、
司祭は小さな部屋の扉を開けて入った。
レアとベルも後に続いたが……
エリオンとトリーも入ろうとしたところで、
司祭が止めた。
「君たちは入るな。
隣の部屋で休んでいなさい」
エリオンとトリーは足を止めた。
互いに顔を見合わせた後、
静かに隣の部屋へ移動した。
ぱたん。
扉が力なく閉まる。
司祭はレアを見た。
レアは寝台に腰を下ろし、
外套を脱いだ。
それから自分を指差して言った。
「包帯も解く?」
司祭は首を横に振った。
「そのままでいい」
司祭はレアへ近づくと、
彼女へ手を伸ばした。
淡い光が指先から流れ出し、
包帯の上からゆっくりと染み込んでいく。
レアは口元をわずかに上げて言った。
「聖法まで受けるなんて……
いい身分になったもんだね」
その言葉に、
ベルは思わずスカートの裾をぎゅっと握り締めた。
レアはベルを見ると、
その額を軽く小突いて言った。
「そんな顔してると、皺になるよ」
ベルは何も言えなかった。
レアは小さく息を吐くと、
包帯を巻かれた傷を見下ろした。
彼女の眉がぴくりと動いた。
「ちょっと……
かゆいんだけど?」
「もう済む。
少しだけ我慢してくれ」
やがて司祭は光を収めた。
「ひとまず、ここまでだ。
これ以上やるなら、先に体力を戻す必要がありそうだ」
「ありがと」
司祭は答える代わりに、
首を横に振って言った。
「礼を言うのはこちらの方だ」
そう言って、
ベルを見た。
「ベル、今夜は君がレアを見ていてくれ」
「……はい。
頑張ります」
その言葉に、
レアは片眉を上げて言った。
「何よ……
子ども扱い?」
ベルは静かにレアの傍へ座ると、
言った。
「いいから、早く横になってください」
そうしてレアを押して寝かせた。
レアは力なく横にされながら言った。
「は……まったく。
こんなことまでされるなんてね」
彼女はぼやきながらも、
拒みはしなかった。
その夜。
レアは何度も眠りから覚めた。
目を閉じると、
土の匂いが立ちのぼった。
不快な笑い声が聞こえてきた。
足音が近づいてくると、
不安に駆られて剣を抜こうとした。
だが、
身体が動かない。
どうにか視線を落とすと、
鞘は空だった。
同じ夢は、
何度も繰り返された。
レアは寝返りを打ち、
小さく呻き声を漏らした。
荒い息を吐きながら目を開けると、
見知らぬ天井が見えた。
隣ではベルが丸くなって眠っていた。
レアはしばらくその顔を見下ろした後、
静かに身体を起こした。
風に……
当たりたかった。
レアは足音を殺して部屋を出た。
そのまま廊下を抜け、
階段を下りる。
下の階では、
まだ酒と笑い声が続いていた。
レアは頭を押さえた。
音の一つ一つが、
頭の中に響くようだった。
レアは俯いたまま、
酒の席の横を通り過ぎた。
その途中だった。
自分たちだけで飲んでいた男二人が、
レアをじっと見ていた。
彼らは顔を見合わせて言った。
「なあ、あの女、悪くないんじゃないか?」
「ちょっと声かけてみるか?」
二人は椅子を引き、
そっと席を立った。
レアはすでに宿の外へ出ていた。
男たちは身なりを整えながら、
遅れて宿の外へ出た。
レアは宿の近くで、
夜空を見上げていた。
雲が流れ、
月を隠していた。
月……
見たかったのに。
レアは壁際にしゃがみ込んだ。
小さく息を吐く。
胸が……
ひどく息苦しかった。
レアが地面を見つめていると、
誰かが声をかけてきた。
顔を上げると、
小ぎれいな男が二人、
彼女を見下ろしていた。
「ねえ、こんな夜に一人で何してるんですかー」
「よかったら、一緒に一杯どうです?」
レアはしばらく彼らを見てから、
ゆっくりと立ち上がった。
「いい」
レアはその場を離れようとした。
すると男の一人がぎこちなく笑いながら、
その前を少し塞いだ。
「まあまあ、ちょっとだけ。
本当に一杯だけ」
レアは顔をしかめた。
「……どけ」
後ろにいた男が、
ゆっくりと近づいてきた。
その足音が、
森で聞いた足音と重なったように思えた。
レアの指先がぴくりと動いた。
……消えろ……
「どうしても嫌なら仕方ないけど――」
男の手が肩に近づいた瞬間。
男の身体が壁に叩きつけられた。
レアはその腕を捻り上げたまま、
荒い息を吐いていた。
「クソ……
野郎ども……」
彼女の目は、
男たちを見ていなかった。
もう一人の男が驚いて飛びかかろうとした瞬間、
レアの手にさらに力がこもった。
「ぎゃあっ!」
押さえ込まれていた男が悲鳴を上げ、
その場に崩れ落ちた。
飛びかかろうとしていた男が、
思わず足を止めた。
レアは息を荒げながら顔を上げた。
「消えろって……」
レアが手を離すと、
男たちは怯え切って逃げ出した。
足音が遠ざかっていく。
彼らが消えてからようやく、
レアは少しずつ呼吸を取り戻した。
周囲では人々がざわついていた。
宿の主人も外へ出て、
様子をうかがっていた。
レアはしばらくその場に立ち尽くした後、
壁に背を預けた。
指先が震えていた。
彼女はゆっくりと自分の頭を押さえた。
……しんどい。
翌日。
レアは部屋から出てこなかった。
一緒に食事をしようと誘っても、
口を閉ざしたまま首を横に振るだけだった。
スープを部屋へ運ばせたが、
食べないと押し返した。
結局、
ベルが半ば無理やり彼女に食べさせた。
それでも、
数匙も口にしなかった。
「姉さん、もう少しだけ……」
ベルが遠慮がちに言ったが、
レアは布団を引き上げると身体を背けた。
「いい」
それから、
レアはもう口を開かなかった。
エリオンとトリーは、
部屋の前で長い間うろうろしていた。
だが、
入ることはできなかった。
顔を見せることも。
大丈夫かと尋ねることも。
謝ることも。
すべてが傷になりそうだった。
司祭が静かに二人の肩に手を置いた。
「今日は、そっとしておきなさい」
エリオンは閉ざされた扉を見つめた。
部屋の中からは、
ベルの気配だけがした。
その日一日、
レアはついに部屋の外へ出てこなかった。




