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巡礼者の道  作者: 잿빛서기관


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35/55

束の間の平穏

夜が明けきる前のことだった。


灰色の空の下、

しとしとと雨が屋根を叩いていた。


ぽつ……


ぽつぽつ……


小さな雨音が、

静かに家の中を満たしている。


暖炉の中では、

薪のはぜる音が穏やかに響いていた。


かすかな温もりが、

ゆっくりと部屋に広がっている。


司祭は暖炉の前に腰を下ろし、

火かき棒で炎を整えていた。


薪を返すたびに、

赤い火の粉が小さく舞い上がる。


トリーは暖炉の近くに転がるように眠り、

まるで気絶した人間のように熟睡していた。


レアは壁にもたれて目を閉じており、

ベルはそんな彼女に寄り添うように眠っている。


エリオンは病人の傍らに座り、

静かに容態を見守っていた。


額に載せられていた布を、

そっと取り替える。


横の桶で新しい布を濡らし、

再び額へと載せた。


それから頬に軽く手を当てる。


まだ熱はある。


だが――


昨日よりは明らかに良くなっていた。


エリオンの顔に、

小さな安堵が浮かぶ。


呼吸もずっと落ち着いていた。


燃えるようだった熱も、

少しは下がったように見える。


本当に良かった。


エリオンは知らず知らずのうちに、

長い息を吐き出した。


これまでの苦労が脳裏によみがえる。


道中で見捨てられた時のこと。


危険な森を抜けた時のこと。


疲れ切った身体で草原を歩いたこと。


雨の中で不安を抱えながら待ち続けたこと。


その全てが、

ゆっくりと思い返されていく。


あの苦労は無駄ではなかった。


そう考えていると、

暖炉を整えていた司祭がエリオンを振り返った。


しばらく彼を見つめた後、

ゆっくりと立ち上がる。


そして静かに近づいてきた。


「……少し持ち直したようだな」


エリオンは顔を上げ、

司祭を見た。


そして小さく頷く。


「はい。熱も少し下がったようです」


司祭は何も言わず、

病人を見下ろした。


しばらく様子を見た後、

そっと胸に手を置く。


淡い光が指先から静かに流れ出した。


光はゆっくりと病人の身体へ染み込み、

その表情をさらに穏やかなものへ変えていく。


「……聖法が効いているなら、

峠は越えたようだな」


エリオンの表情が少し緩んだ。


司祭は続ける。


「近いうちに起き上がれるだろう。

まだ無理はできんだろうが……」


そこまで言って、

司祭はエリオンへ視線を向けた。


しばらく黙って見つめた後――


ぽん。


軽く背中を叩く。


「よくやった」


短い言葉だった。


だがその一言が、

胸の奥に深く染み込んでくるようだった。


エリオンは思わず司祭を見た。


司祭は小さく頷くと、

再び暖炉の方へ戻っていく。


そして何事もなかったかのように、

火かき棒で薪を整え始めた。


エリオンはその背中を見つめる。


赤い炎が、

司祭の横顔を照らしていた。


やがて視線は再び病人へ向かう。


穏やかな寝息。


下がり始めた熱。


エリオンの口元に、

かすかな笑みが浮かんだ。


全てに意味があったんだ。


本当に良かった。


しとしとと降る雨は、

相変わらず続いていた。


ぽつ……


ぽつ……


雨音と薪のはぜる音が、

静かに混ざり合っている。


時間が流れるにつれ、

家の中にも朝の気配が差し込み始めた。


最初に目を覚ましたのはレアだった。


目を開くや否や、

反射的に周囲へ視線を走らせる。


扉。


窓。


人の位置。


素早く状況を確認していた彼女は、

ふと自分にもたれかかって眠るベルに気付いた。


レアの口元に、

小さな笑みが浮かぶ。


そっとベルの頭を撫でた。


それから顔を上げ、

エリオンを見る。


「例の人はどうだ?」


エリオンは布を替えながら答えた。


「だいぶ良くなりました。

司祭様も、もうすぐ起きられるだろうって」


レアは小さく頷く。


「そうか」


そう言いながら、

自分の太腿を軽く揉んだ。


「傭兵は身体が資本だからな。

あの人のせいで危うく潰れるところだった」


エリオンはそんなレアを見つめた。


そして静かに口を開く。


「レア、ありがとうございます」


レアの眉がわずかに動く。


エリオンは続けた。


「一番苦労したのも、

危ない役を引き受けたのも、

レアでしたから」


その言葉に、

レアの耳がほんの少し赤くなった。


彼女は照れ隠しのように頬を掻き、

視線を逸らす。


「冗談をそんな風に返すなよ……

こそばゆいだろ」


暖炉の前にいた司祭の口元から、

小さな笑い声が漏れた。


その気配に、

レアはわざとらしく咳払いをする。


その咳で、

ベルがゆっくりと目を覚ました。


半分眠そうな目で、

レアを見上げる。


「……お姉ちゃん?」


レアは何事もなかったように表情を整えた。


そしてベルをしばらく見つめると、

ふっと笑いながら手を伸ばす。


「お姫様のお目覚めか」


そう言って、

目尻についていた目やにを取ってやった。


ベルの顔がぱっと赤くなる。


小さく何かを呟くと、

そっとレアから身体を離した。


暖炉の近くでは、

トリーが騒がしさなど気にもせず眠っていた。


まるで気絶しているかのようだ。


それを見たレアが吹き出す。


「あいつ、背負って連れて行かれても気付かなそうだな」


その時だった。


コンコン。


小さく扉を叩く音が響く。


扉がわずかに開いた。


隙間から誰かの手がひょいと伸びてくる。


まず薪が何本か押し込まれ、

続いて小さな椀がいくつか差し入れられた。


煮豆だった。


扉の向こうから、

遠慮がちな声が聞こえる。


「あの具合の悪い人はどうですかねぇ?」


司祭は静かに答えた。


「かなり良くなりました。

明日には歩けるかもしれません」


向こうから、

安堵したような吐息が聞こえた。


「そりゃあ良かったですなぁ」


しばし沈黙が流れる。


少し言い淀んだ後、

再び声が聞こえた。


「……こんなこと言うのも何なんですがねぇ」


相手は言葉を選ぶように続けた。


「その人が治るまでは……

できれば外には出ないでくだせぇ」


家の中が静まり返る。


扉の向こうの声はさらに続いた。


「必要なもんはこっちで用意しますんで。

言いたいことは分かりますよねぇ?」


司祭は静かに頭を下げた。


「ご迷惑をおかけしないよう気を付けます」


少し間を置いて、

短い返事が返ってくる。


「……お願いします」


そして扉はゆっくりと閉じられた。


再び雨音だけが、

静かに家の中を満たしていく。


エリオンは閉じられた扉をしばらく見つめていた。


やがて小さく呟く。


「……優しい人たちですね」


ベルも静かに扉の方を見た。


レアも小さく頷く。


暖炉の前で火を整えていた司祭が、

低い声で言った。


「そうだな」


しばらく炎を見つめた後、

ぽつりと続ける。


「善い人たちなのだろうな」


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