周波 ②
森を抜けた瞬間、
全員が荒い息を吐き始めた。
ベルはその場にへたり込み、
今にも倒れそうになっている。
トリーも膝に手をついたまま、
肩で息をしていた。
エリオンは病人を背負って森を駆け抜けたせいか、
今にも倒れそうなほどふらついていた。
足が震えているのが目に見えて分かる。
レアも全身が汗でびっしょりだった。
胸を激しく上下させながらも、
その視線だけは森の方へ向けられている。
サボり屋もまた、
盾を構えたまま森を警戒していた。
司祭はその様子を見ながら呼吸を整え、
やがてエリオンの状態に気付いて低く言った。
「……ここからは私が背負おう」
エリオンは返事もできず、
ただ司祭を見つめる。
司祭は静かに頷いた。
そしてゆっくりと病人を受け取る。
エリオンは病人を渡した途端、
その場にどさりと座り込んだ。
荒い呼吸はなかなか収まらない。
レアは森とエリオンを交互に見た。
そして苛立ったように呟く。
「……もっと離れないと」
サボり屋も険しい顔で言った。
「そうなんですけどねぇ。
でも皆さんの状態がちょっと……」
彼も簡単には決断できない様子だった。
レアはしばらく考え込む。
そして突然、
大声を張り上げた。
「立って!」
ベルとトリーがびくりと肩を震わせた。
レアの声が鋭く響く。
「まだ終わってない!
甘えてる場合じゃないでしょ! 早く!」
一行の視線が一斉にレアへ向いた。
レアはベルの腕を掴み、
無理やり立たせる。
ベルはよろめいた。
今度はエリオンへ視線を向けた。
「あんたも」
エリオンは歯を食いしばりながら、
どうにか立ち上がる。
トリーは今にも泣きそうな顔をしていた。
それでも何も言わない。
ただ唇を強く結び、
無理やり背筋を伸ばした。
司祭も呼吸を整えながら、
ようやく口を開く。
「……そうだな。
早く移動しよう」
サボり屋が頷いた。
再び盾を前に構え、
ゆっくりと先頭を歩き始める。
一行もふらつきながら、
無理やり足を動かした。
それでもレアの視線だけは、
最後まで森から離れなかった。
森からかなり離れてからようやく、
一行は足を止めることができた。
全員が倒れ込むように、
草原へ座り込む。
荒い息遣いがあちこちから聞こえてきた。
服は土と埃まみれだったが、
そんなことを気にする余裕はない。
トリーは呆然とした顔で息を吐き続け、
ベルは膝を抱えるようにして俯いていた。
エリオンも両手を地面についたまま、
まともに呼吸すら整えられない。
司祭だけが病人を静かに寝かせ、
状態を確認し始めた。
その表情は徐々に険しくなっていく。
無理をして森を抜けたせいだろう。
容態は良くなっていなかった。
司祭は長く息を吐いた。
「薬を飲ませたのに……」
やがて淡い光が、
彼の指先から流れ出す。
聖法だった。
だが、
その力は以前より明らかに弱い。
司祭はしばらく病人を見つめた後、
ゆっくり空を見上げた。
いつの間にか空は暗くなり始めている。
湿った空気が肌にまとわりついた。
雨の匂いが漂ってくる。
司祭が低く呟く。
「……何一つうまくいかないな」
周囲を警戒していたレアも、
苛立たしげに吐き捨てた。
「ほんと最悪ね……」
トリーも顔をしかめながらぼやく。
「ほんと……
ひどすぎるだろ」
ベルは半分閉じた目でトリーを見た。
だが何も言わず、
再び目を閉じる。
返事をする力すら残っていないようだった。
その様子を見ていたサボり屋が、
空を一度見上げる。
そして重い声で言った。
「……本当に大変でしょうけど、
そろそろ動きましょう」
彼は病人へ視線を向けた。
「ここで雨でも降ったら、
あの人は本当に死にます」
司祭は静かに聖法を止めた。
しばらく目を閉じて呼吸を整える。
そして再び病人を背負い上げた。
「……行こう」
トリーは呻き声を漏らしながら立ち上がる。
ベルも泣きそうな顔で、
ふらつきながら立ち上がった。
エリオンも歯を食いしばって身体を起こす。
その時ふと、
レアへ視線を向けた。
ここまで来る間、
最も戦い、
最も動いたのはレアだった。
それなのに、
彼女は一度も弱音を吐かなかった。
エリオンの視線がしばらく彼女に留まる。
レアがそれに気付いた。
草原の向こうを警戒したまま、
ちらりとエリオンを振り返る。
「……何かついてる?」
エリオンの口元が少しだけ緩んだ。
「……おかげで助かりました」
その瞬間、
レアの表情がわずかに揺れた。
そしてほんの少しだけ、
耳が赤くなる。
「……何言ってるのよ」
彼女は照れ隠しのように剣の柄を握り直し、
わざと声を張り上げた。
「さっさと行くよ!
こんな目に遭ったんだから、
何か成果くらい持ち帰らないと!」




