第3話 「これ、本当にゲーム?」という疑い
「……1000人、超えてる」
画面の数字を見て、白石紬はしばらく言葉を失った。
同時接続数——1038。
ほんの数分前まで、誰もいなかった配信。
それが今、1000人以上に見られている。
「……すごい」
震える声で呟く。
嬉しい。
でも、それ以上に現実感がなかった。
《コメント:Twitterから来た》
《コメント:拡散されてるぞ》
《コメント:トレンド入りしてるw》
「……え?」
思わずコメントを二度見する。
「トレンド……?」
《コメント:#つむぎの庭 で検索してみ》
《コメント:切り抜きもう上がってる》
《コメント:バズりすぎw》
「ちょっと待って……」
恐る恐るスマホでSNSを開く。
そこには——
『【神ゲー】リアルすぎるVR配信がヤバい』
『水の表現どうなってるのこれ』
『インディーのレベルじゃないだろ』
短い動画と一緒に、自分の配信が大量に拡散されていた。
「……なにこれ」
指先が冷たくなる。
こんな速度で広がるなんて、想像していなかった。
《コメント:有名人も反応してるぞ》
《コメント:企業案件じゃないの?》
《コメント:これガチなら革命》
「えっと……企業とかじゃなくて、本当に個人で……」
説明しようとするが、コメントの流れは止まらない。
その中に、少しずつ“違う空気”が混ざり始めていた。
《コメント:いやこれおかしいだろ》
《コメント:こんな技術あるわけない》
《コメント:どうせ合成》
「……あ」
疑いの声。
当然だと思う。
むしろ、信じる方がおかしい。
《コメント:証明できる?》
《コメント:水飲める?》
《コメント:その場で何か作ってみて》
「……証明」
紬は、小さく呟いた。
確かに。
このままじゃ、“すごい映像”で終わる。
「……やってみる」
私はカメラを持って、家の方へ向かった。
木造の小さな家。
中はシンプルだけど、生活できそうな最低限のものが揃っている。
「えっと……何か、作れるもの……」
視線を巡らせて、ふと止まる。
木の枝と、石。
「……これで、火……起こせるかな」
元ゲーム開発者としての知識というより、ただのサバイバル知識。
でも、それしかなかった。
《コメント:マジでやるの?》
《コメント:リアル検証きた》
《コメント:これで嘘ならバレるぞ》
「……うん」
私は、ゆっくりと枝を組み、石を打ち合わせる。
カチン、カチン、と乾いた音が響く。
何度も、何度も。
「……っ」
体力が削られていくのが分かる。
でも、止められない。
——ここで止まったら、終わる。
そして。
パチ、と小さな火花が散った。
「……!」
もう一度。
カチン。
——ボッ。
小さな火が、確かに生まれた。
「……ついた」
《コメント:え》
《コメント:は?》
《コメント:CGじゃないの?》
《コメント:煙リアルすぎ》
煙が、風に流れていく。
熱が、確かにそこにある。
「……これで、どう?」
思わず、カメラに向かって言う。
すると——
一瞬だけ、コメントが止まった。
そして。
《コメント:これガチじゃね?》
《コメント:いや待って怖い》
《コメント:どうやってんのこれ》
《コメント:現実じゃない?》
「……」
心臓の音が、やけに大きく聞こえる。
——まずい。
これは、“バズ”じゃない。
“疑われ始めてる”。
その時だった。
背後で、水の音がした。
「……え?」
振り返る。
さっきの池。
そこから、あの透明な生き物が、こちらを見ていた。
「……来てる」
《コメント:あの子またいる》
《コメント:追いかけてきてる?》
《コメント:AIやばすぎ》
「……ねぇ」
紬は、そっと手を差し出す。
その瞬間。
その生き物が、ぴょん、と跳ねた。
そして——
手のひらに乗った。
「……っ、かわいい」
ひんやりとした感触。
でも、確かに“生きている”。
《コメント:飼えるじゃん》
《コメント:これペット枠だろ》
《コメント:名前つけろw》
「……名前」
紬は、少し考えて。
「……ミズ、でいいかな」
《コメント:そのままw》
《コメント:かわいいからOK》
《コメント:ミズ爆誕》
同時接続数は、さらに伸びていた。
——5230。
「……え」
もう、理解が追いつかない。
でも、ひとつだけ分かる。
「……戻れないな、これ」
もう普通の生活には戻れない。
この配信は、止まらない。
止められない。
——白石紬の世界は、この瞬間、“ただの配信”ではなくなった。




