第2話 同接1000、そして違和感
「……え、ちょっと待って」
画面の右上に表示された数字を見て、思わず声が漏れた。
同時接続数——124。
「……増えすぎじゃない?」
配信を始めて、まだ数分。
さっきまで十数人だったはずの視聴者が、一気に跳ね上がっている。
コメント欄も、さっきとは比べ物にならない速度で流れていた。
《コメント:おすすめから来た》
《コメント:何これリアルすぎる》
《コメント:水の反射どうなってんの?》
《コメント:これマジでゲーム?》
「えっと……来てくれてありがとうございます」
少し戸惑いながらも、私はカメラを池の方へ向ける。
水面は相変わらず透き通っていて、底の石までくっきり見える。
その上を、風が撫でるたびに自然な波紋が広がっていく。
「これ、一応……自作のVRゲームで……」
《コメント:レベルおかしくない?》
《コメント:インディーでこれは無理》
《コメント:企業案件レベル》
「いや、その……趣味で作ってて……」
自分でも苦しい言い訳だと思う。
でも、“異世界です”なんて言えるはずがない。
《コメント:触れるの?》
《コメント:水入れる?》
「えっと……試してみますね」
私はそっと、池に手を入れる。
ひんやりとした冷たさが、指先から伝わってくる。
「……冷たい」
《コメント:え、温度再現あるの?》
《コメント:触覚フィードバックやば》
《コメント:どういう技術?》
「えっと……そこも頑張って作りました」
——いや、作ってない。
でも、そう言うしかない。
その時。
ぴちゃん、と水面が揺れた。
「……え?」
小さな魚のような影が、水の中を横切る。
《コメント:魚いる!?》
《コメント:NPC?》
《コメント:AI挙動リアルすぎ》
「……今の、仕込んでないんだけど」
思わず本音が漏れた。
《コメント:え?》
《コメント:今のガチ?》
《コメント:台本じゃないの?》
「……あ、えっと……ランダムイベント、です」
とっさに言い直す。
心臓がバクバクしている。
——この世界、勝手に動いてる?
《コメント:自由度やば》
《コメント:神ゲー確定》
《コメント:フォローした》
同時接続数は、さらに伸びていた。
——356。
「……え」
さっきの三倍近い。
「ちょっと、ほんとに……?」
手が震える。
嬉しさと、不安が混ざっていた。
その時だった。
《コメント:スパチャ:¥500「応援してます!」》
「……え?」
画面に表示された、見慣れない通知。
「スパチャ……?」
《コメント:きたw》
《コメント:初スパチャおめ》
《コメント:これは伸びる》
「え、あの……ありがとうございます……!」
思わず頭を下げる。
配信でお金をもらう。
それは、ずっと遠い世界の話だと思っていた。
でも今、それが目の前で起きている。
「……いけるかも」
ぽつりと、呟く。
——このままいけば、生きていけるかもしれない。
その時。
また、水面が光った。
今度は、さっきよりもはっきりと。
「……また?」
《コメント:さっきの演出?》
《コメント:イベント発生?》
《コメント:これ何?》
光は、水の底から浮かび上がるように広がっていく。
そして——
小さな、透明な何かが水面に現れた。
「……これ」
まるで、水でできた生き物みたいに、ゆらゆらと揺れている。
《コメント:なにこれ》
《コメント:スライム?》
《コメント:可愛い》
「……こんなの、知らない」
私の知らないものが、この世界にはある。
それはつまり——
「……ここ、本当にゲームじゃない」
でも。
《コメント:飼える?》
《コメント:名前つけようぜ》
《コメント:これはバズる》
「……うん」
私は、カメラをその存在に向けながら、笑った。
「この子、名前つけますか」
《コメント:きたw》
《コメント:神配信》
《コメント:ここ伝説の始まり》
同時接続数——
1000を超えた。
——白石紬の配信は、この瞬間、バズり始めた。




