第1話 部屋の扉の先が、配信の始まりでした
「……はぁ」
白い天井を見つめながら、私は小さく息を吐いた。
スマホの画面には、残高が表示されている。
——残り、12万3480円。
家賃、光熱費、食費。
ざっと計算しても、持って一ヶ月ちょっと。
「……無理だよ」
体はまだ本調子じゃない。
少し動くだけで息が上がるし、頭もぼんやりする。
私は、白石紬。
ゲーム開発会社で働いていた、元プログラマーだ。
いわゆるブラック寄りの職場で、気づけば毎日終電、休日も仕事。
その結果がこれだ。
過労で倒れて、そのまま退職。
復帰の目処も立たず、今は一人暮らしの部屋で、なんとか生活している。
「働かないと……でも、無理……」
考えるだけで頭が痛くなる。
何か、家でできること。
体に負担がかからない方法で、お金を稼ぐ手段。
……思いつかない。
「……ゲーム、しよ」
現実逃避でもいい。
とりあえず、何も考えない時間が欲しかった。
私はベッドからゆっくり起き上がり、寝室の扉に手をかける。
——その瞬間。
「……え?」
開けた先にあったのは、見慣れた自分の部屋じゃなかった。
柔らかい風が頬を撫でる。
広がっていたのは、青い空と、どこまでも続く緑。
「……は?」
思考が、止まる。
目の前には、小さな木造の家。
その横には、水が澄んだ池。
さらに少し離れた場所には、古びた井戸。
鳥の鳴き声。
草の匂い。
風の音。
——リアルすぎる。
「え、ちょっと待って……」
私はゆっくりと後ろを振り返る。
扉は、確かに自分の部屋と繋がっている。
だけど一歩外に出れば、完全に“別世界”だった。
「……これ」
心臓がドクン、と大きく鳴る。
「……異世界、じゃない?」
自分で言っておいて、バカみたいだと思った。
でも、それ以外に説明がつかない。
夢?
VR?
いや、違う。
私はゲーム開発者だったから分かる。
——これは、“作られたもの”じゃない。
「……いや、待って」
そこで、ふと思いつく。
「これ、配信できるんじゃない?」
頭の中で、一気に思考が回り始める。
働けない。
でもお金は必要。
家から出なくてもできる仕事。
そして、私が一番詳しい分野。
——配信。
「でも、“異世界です”って言っても信じてもらえないよね……」
だったら。
「……VRゲームってことにすればいいか」
私は思わず笑ってしまった。
「自作の超リアルVRゲームって設定で、VTuberとして配信……いける」
モデルも作れる。
顔出しも必要ない。
「……やるしかない」
私は深呼吸をして、スマホを取り出す。
配信アプリを立ち上げ、アカウント名を入力する。
——つむぎの庭。
「これで、いい」
ほんの少しだけ、指が震える。
——これでダメなら、本当に終わる。
でも。
「……やる」
配信開始ボタンを、押した。
『配信タイトル:自作VRゲームでスローライフしてみる』
最初の視聴者は、0人。
——当然だ。
「……こんにちは。はじめまして、つむぎの庭です」
小さく、声を出す。
その瞬間。
《1人が視聴を開始しました》
「……え」
さらに。
《5人が視聴中》
《12人が視聴中》
「え、ちょっと待って、増えてない……?」
そして。
《コメント:グラフィックやばくね?》
《コメント:これマジで自作?》
《コメント:水の表現リアルすぎ》
「……来た」
ゾクッと、背中に震えが走る。
これは——いける。
その時だった。
池の水面が、ふわりと光った。
「……え?」
明らかに、自然じゃない現象。
でも、それを見た視聴者は——
《コメント:演出すご》
《コメント:神ゲーじゃん》
《コメント:これ絶対バズる》
「……バレてない」
私は、静かに笑った。
「ようこそ、私の“ゲーム世界”へ」
——白石紬の配信は、この瞬間、始まった。




