第75話
アルディア達がエメラルドドラゴンに乗って南の大陸へ渡る時、世界中では海帝ガブリエルに続き妖帝ラファエルまで敗れたという情報が広まっていた。
そして、その情報は、聖都ニルヴァーナにも届いていた。
――――聖都ニルヴァーナ・教皇の館・大食堂
「ルクレツィア教皇聖下、失礼します!」
大食堂にて食事をしているルクレツィアの下に、黒い鎧を身に纏う褐色の騎士が一名、慌ただしくやってくる。
「何事ですかな、『アベル殿』。教皇聖下はお食事の最中ですぞ」
食事をする教皇の脇に座る老紳士は、慌ただしく入室した騎士とは対照的に、淡々と騎士に苦言を呈する。
「申し訳ございません、『エゼキエル卿』」
アベルと呼ばれた黒い鎧の騎士は跪き、老紳士にそう言う。
だが、続けて
「しかしながら、取り急ぎ、ご報告をする事がございます」
と、説明を続けた。
「よい。申せ」
両者のやりとりに割って入るかのように、そう答えたのは、ルクレツィアであった。
彼女は金で買ったであろう上裸の"男"を囲い、"男"に食料を口に運んでもらいながら食事をしつつ、アベルに報告をするよう促す。
アベルと呼ばれた黒い鎧の騎士は顔を上げると、ルクレツィアに報告を上げた。
「お食事中、失礼いたします。実は先般、東の大陸にて四柱帝『妖帝ラファエル』殿が敗れたとの報告がありました」
「妖帝ラファエル殿が、ですか……」
アベルの報告を受けると、老紳士は長い白髭を撫でながらそう言う。
「アベル殿の報告が事実だとすれば、海帝ガブリエル殿に引き続き、二柱も落ちたことになりますが……」
老紳士は白髭をなで続けながらそう言い、ルクレツィアの方を向く。
だが、ルクレツィアは特に気に留める様子もなく、"男"が運ぶ食事を食べ続けていた。
そして、口に含んだ食事を飲み込むと、
「ウリエルは?」
とアベルに尋ねた。
「は?」
突然のルクレツィアの言葉に、戸惑い、思わず尋ね返してしまうアベル。
ルクレツィアはそんなアベルの様子に苛立ちを見せると、
「ウリエルはどうだと聞いているのじゃ!」
と、声を荒げ、アベルに再度尋ねた。
「えっと、『戦帝ウリエル』殿は南の大陸ですので……恐らくまだご無事かと」
「そうか」
アベルの報告を聞くと、一言、そう返すルクレツィア。
そして続けて、
「ウリエルが無事なら問題ないわ。もうよい、下がれ」
とアベルにそう言うと、畳んだ羽扇子を手に持つと、その羽扇子をアベルに向かって振ったのであった。
そんなルクレツィアの様子を見たアベルは、
「はぁ……失礼いたします」
と言うと、立ち上がり、大食堂を後にしたのであった。
「よろしいのですか? 教皇聖下」
アベルが立ち去った後、老紳士はルクレツィアに尋ねる。
「エゼキエル。何が言いたいのじゃ?」
ルクレツィアは"男"の運ぶ果物を口にしながら、老紳士にそう返す。
「アベル殿ではありませぬが、二柱落とされている事です。しかも今回は東の大陸。人魔数が最も多い場所が支配から逃れたのは、少々対応が必要なのでは?」
エゼキエルと呼ばれた老紳士は、ルクレツィアにそう提言をする。
だが、ルクレツィアは
「くどいぞ、エゼキエル!」
と激怒。
そして続けて
「妾が問題ないと言っておるのじゃ! 何か不満でもあるのか!?」
とエゼキエルに詰め寄る。
「とんでもございません。出過ぎた真似をしましたな。申し訳ございません」
激怒するルクレツィアに対し、エゼキエルは冷静に、淡々とそう返した。
エゼキエルの謝罪を聞くと、ルクレツィアは、
「ふん!」
と言うと、椅子から立ち上がる。
そして、
「大方、北の大陸でガブリエルを落とした連中と同じ奴じゃろ? 下らん!」
と言うと、席を後にしようとする。
「お食事は、もう良いのですか?」
食事を残したまま立ち上がるルクレツィアに、そう尋ねるエゼキエル。
「ふん、もう良いわ! 気分が悪い! 妾は部屋に戻る!」
ルクレツィアは吐き捨てるかのようにエゼキエルにそう言うと、"男"の一名にもたれかかる。
ルクレツィアがもたれかかると、"男"はルクレツィアを軽々と抱き上げた。
「お!」
"男"がルクレツィアを抱き上げると、先ほどまで見せていた表情から一変、軽く笑みを浮かべる。
そして、
「主、中々力があるな。細身だが……うむ、身体も引き締まっておる。妾の好みじゃ」
と言うと、"男"の胸板に頭を寄せた。
「うむ、気に入ったぞ。特別に、妾の部屋にあげさせてやろう」
「ありがとうございます。教皇聖下」
"男"はそう言うと、ルクレツィアを抱いたまま、歩みを進めた。
"男"が歩みを進めると、"男"に抱かれたままのルクレツィアはエゼキエルの方を振り返る。
そして、
「そうじゃ、エゼキエル。今日の食事の用意をした責任者を明日、晒し首にせよ」
と、エゼキエルに指示をする。
「罪状は、如何ほどに?」
「ふん。妾の気分を害する食事を用意した罪。不敬罪じゃ!」
「畏まりました」
エゼキエルはそう言うと、去りゆくルクレツィアに一礼をしたのであった。
――――聖都ニルヴァーナ・教皇の館・通路
「……」
ルクレツィアへの報告を終えたアベル。
だが、報告時のルクレツィアの反応から引っかかるところがあり、難しい顔を浮かべていた。
そんな顔をしながら通路を歩いていると、突如、アベルの背後から声がかかる。
「おい、何難しい顔をしているんだ? アベル」
かかった声にハッとするアベル。そして声のする方へと振り向く。
アベルが振り向いた方には、褐色の彼とは異なり、色白の人族の男性が立っていた。
その男性は、騎士であるアベルとは異なり細身で、身なりも紺色のジャケット、白いタイトスラックスに黒いブーツ、金色の髪もマッシュヘアにした髪型と、見るからに戦いとはほど遠い容姿をしていた。だが、彼の持つ琥珀色の三白眼の瞳、そして放つ雰囲気が、その容姿とは対照的に、冷酷な印象を与えるような存在であった。
「カイン……」
アベルは、自身に声をかけてきた男性にそう返す。
すると色白の男性は、
「おいおい、アベル。言葉には気をつけてくれ。君は男爵、僕は伯爵だぞ」
と、不服そうにそう言う。
「……申し訳ありません。カイン殿」
アベルは少し俯き、色白の男性にそう返した。
「わかってくれればいいんだ。幼馴染みの君にこのような事を言うのは、僕も不本意なんだ。だが、ここは他者の目のつく場所だ。わかるだろう?」
カインと呼ばれた色白の男性は、アベルを見下すような表情で見ながらそう言う。
それに対し、アベルは何も言わず、ただその場に立っていた。
「それで、何か考え事をしていたみたいだが、どうしたんだ? アベル」
反論をしないアベルに、カインは本題を切り出す。
「……先ほど、教皇聖下に東の大陸の四柱帝、妖帝ラファエル殿が落ちた件を報告した」
「ほぉ……」
アベルの話に、目を見開き驚いた様子を見せるカイン。
「だが、教皇聖下は焦った様子を見せないどころか、全く気に留める様子もなかった。これで二柱落ちているにもかかわらず、だ」
「成る程な……」
アベルの話を聞き終えたカインは、腕を組み、考え込む。
だが、少し考え込んだ後、
「教皇聖下には何か、お考えがあるのだろう。気にする必要はない」
と、アベルに答えた。
「そうなの……だろうか?」
カインの回答に、納得していない様子を見せるアベル。
だが、カインはそんなアベルに、
「教皇聖下が気に留められない案件に、そこまで悩む必要はないだろう。全く、君は昔からそうだ。何でも難しく考えすぎる」
と、少し呆れた様子でそう言う。
「そう……か」
はっきりとしない口調で、そう言うアベル。
「君の考え事の案件はそれだけか? では、僕は失礼するよ」
難しい顔をしたままのアベルにそう言うと、そのままその場を去ろうとするカイン。
すると、立ち去ろうとするカインに、アベルは
「なぁカイン……殿。君は……貴公は今の状況についてどう思っている?」
と、カインに尋ねる。
「どう思っている? どういう意味だ?」
立ち去ろうとしたカインは歩みを止め、アベルの方を向いてそう尋ね返す。
「今の時代についてだ。教皇聖下が四柱帝を召喚して以来、世界各地では四柱帝とその配下のクリーチャーの影響で、多大な被害が出ている。一体、教皇聖下は何を目的に、四柱帝を召喚したのだろうか……」
「全く君は……。そんな事を考えているのか」
アベルの話に、少し苛立った様子でそう返すカイン。
そして続けて、
「そんなもの、教皇聖下を中心に、世界を統一するために決まっているだろう」
とアベルに言い放った。
「世界を統一? 四柱帝を使って?」
「そうだ。考えてもみろ。君も知っているだろう、各大陸の貴族たちが、不穏な動きをしていたことを。だが、教皇聖下が今の方向性を打ち出し、四柱帝を召喚して以来どうだ? 不穏な動きをやめたではないか」
「確かに、そうだが……」
「その点を踏まえれば、今は世界が安定している状態じゃないか。教皇聖下の方向性は何も間違ってはいない!」
「そうなの……だろうか?」
強く断言をするカインに、変わらず難しい顔を浮かべ、疑問を抱くアベル。
「だが、四柱帝はそもそも災害と変わらない存在。果たして、そのような力に頼るのは正しいのだろうか?」
「何を馬鹿なことを」
アベルの問いかけに、呆れた様子を見せそう言うカイン。
「君は教皇聖下を疑っているのか? 教皇聖下は四柱帝を完全に支配しているに決まっているだろう。現に、ここニルヴァーナは平和なままじゃないか!」
「……」
カインの言葉に、何も言わず俯くアベル。
そんなアベルを見て、カインは、
「君は疲れている。ゆっくり休むといい」
そう言うと、その場を立ち去った。
去りゆく際、歩きながら一言
「男爵風情が……」
と、小さく呟きながら……。
――――翌日・聖都ニルヴァーナ・広場
この日は、朝から広場が賑わっていた。
その場を偶々通りかかったアベルは、集まっている者達の視線の先に、何があるのか気になり、群衆の群れをかき分け、前へと進む。
そして、群衆の視線の先に辿り着くと、その先に見えた光景に、アベルは目を疑った。
広場の高台の上には、昨日までルクレツィアの専属シェフを務めていた者の一名の首が、台座の上に置かれていた。
そして、台座の横には立て看板が置かれており、そこには
『この者、教皇聖下への不敬を働いた罪で、死罪とする』
と記載されていた。
その光景を見たアベルは、抱いていた不信感を、一段と強めるのであった……。




