第74話
――――ザフィーアの家・客間
「とりあえず、行き方は決まったとして……。そうなると次は、南の大陸での旅の準備が必要かな?」
エスメラルダが話題を切り替えるかのように、ザフィーアに問いかける。
「そうだな。南の大陸の気候を考えると、日よけ用ローブなど、その辺りの準備もしておかないとな」
エスメラルダの問いかけに、そう返すザフィーア。
すると、
「必要物資の買い出し? じゃ、あたしが行ってきてあげるわよ」
と、横からマリンが、ザフィーアにそのように申し出る。
「いいのか?」
ザフィーアはマリンに尋ねる。
「いいわよ。あんたたち、長旅で疲れてるでしょうし。それに、他にも買いたいものあるしね」
マリンはそういうと立ち上がり、アルディアの手を掴む。
「???」
突然マリンに手を掴まれたアルディアは、マリンの行動が理解できず、首を傾げる。
そしてマリンの行動が理解できなかったのは、他のメンバーもであった。
「マリン、アルの手を掴んでどうするんだ?」
ザフィーアは一同を代表するかのように、マリンに尋ねる。
「どうするって……アルディアちゃんの服とかの買い出しよ」
困惑する一同とは対照的に、マリンは変わらず先ほどまでの調子でそのように答えた。
「アルの服の買い出し?」
「アルって、エクレール様から仕立ててもらった服着てるから、買い換える必要ないっていうか、代わりになりそうな服なんて見当たらないんじゃあ……」
マリンの回答に、それぞれ言葉を口にするザフィーアとエスメラルダ。
するとマリンは、
「はぁ~……、あんたたちねぇ……」
と溜め息をつきながらそう言う。
そして、
「アルディアちゃん、ちょっと立って」
と言うと、アルディアをその場に立たせる。
「あ、はい」
アルディアはそう返事をすると言われるがまま、その場で立ち上がった。
アルディアが立ち上がると、マリンはザフィーアとエスメラルダの方を向き、
「いい、あんたたち!」
と言う。
そしてアルディアの横でしゃがみこむと、アルディアの膝部分を指差し、
「まずここ! アルディアちゃんのワンピースのスカート丈。膝の上に来てるでしょう?」
と言う。
「?それがどうかしたのか」
ザフィーアは首を傾げながら、マリンに尋ねる。
「はぁ? あんたねぇ。アルディアちゃんのスカートの丈、あんたたちが北の大陸から帰ってきた時はまだ膝下だったわよ?」
「……そうだっけ?」
「日常的に居るから気にしてなかったな」
スカート丈について力説するマリンと、そんなマリンとは対照的に全く関心がなかった様子を見せるエスメラルダとザフィーア。
そんな両者を見て、
「この男どもは……」
と、言葉を漏らすマリン。
だが、男性陣への苦言は一端切り上げ、マリンは今度はアルディアの後ろへと回る。
そして、背後に回ると、マリンはアルディアの胸部を両サイドから挟み込むように押さえる。
「ひゃう!」
突然胸部を触られ、どこから出したかわからないような高い声をあげるアルディア。
だが、マリンはアルディアの悲鳴に構うことなく、胸部を挟み込んだまま、
「それにここ! 胸! アルディアちゃん、前よりも胸、膨らんできてるわよ!」
と、男性陣に力説をする。
だが、
「まぁ……言われてみれば」
「毎日会ってると気づかない、っていうかそもそもアルをそういう目で見てないからねぇ」
と、ザフィーアとエスメラルダは先ほどまでと変わらない様子の反応を見せるのであった。
そんな両者の反応に、
「本当に、この男どもは……」
と、苛立ちの表情を見せるマリン。
だが、今にも上げそうになる拳を押さえながらも、
「と・に・か・く! アルディアちゃんは女の子として成長してるの! このままじゃ四柱帝だけじゃなく、男どもにも気をつけないといけなくなっちゃうわよ! おわかり?」
「うーん……」
「まぁ、そうだな……」
「(イマイチ理解してないわね、こいつら)だから、アルディアちゃんを男どもから守るための服を買いに行きます。いいわね!」
「はい」
「まぁ、アルがいいなら好きにしたらいいさ……」
マリンの強引な説得に押され、そのように返すエスメラルダとザフィーア。
男性陣の反応を見たマリンは、
「じゃ、早速行ってくるわ」
そう言うとアルディアの手を引っ張り、買い出しへと出かけようとした。
「あ、あとあんたも一緒に来なさい」
アルディアの手を引いて買い出しへ出かけようとした矢先、マリンは空いている方の手で手招きをしながら、ルービィにそう言う。
「え? あたし?」
突然呼ばれたルービィは、驚いた様子を見せながらそう答える。
「そうよ。あんたも服、ボロボロじゃない」
「まぁ、林で生活してた頃にもらった一着だけだしね」
「(もらった……? あぁ、野盗時代に奪ったんだな……)」
マリンとルービィのやりとりを聞いていたエスメラルダは、心の中でそう呟く。
「あんたも見た目、グラマラスなんだから身だしなみには気をつけないとダメよ! あんたの新しい服も買ってあげるから、一緒に来なさい」
「は~い」
マリンがそう言うと、ルービィは返事をし、そのままマリンについて行った。
こうして女性陣一行は、買い出しへと外へ出て行ったのであった。
「ザフィ、マリンさんに行かせてよかったの?」
女性陣が買い出しへ出かけると、ザフィーアにそのように尋ねるエスメラルダ。
「……良いも悪いも、ああなってはマリンは止められん。好きにさせる他ない」
ザフィーアは遠くを見つめるような目をしながら、エスメラルダにそう返した。
「そ、そっすか……」
ザフィーアの返しに、エスメラルダは苦笑いをしてそう返すのであった。
――――数時間後
「たっだいまー!」
マリンは威勢の良い声でそう言うと、足早に家に上がる。
「遅かったな」
帰宅したマリンに、ザフィーアは一言、そう言う。
「はぁ? あんたねぇ、女の買い物は時間がかかるものなのよ? おわかり?」
「……すまん」
マリンの圧に、ザフィーアはただ一言、そう返すだけであった。
「まったく……」
ザフィーアの謝罪を聞くと、そう言いながら溜め息をつくマリン。
そんなマリンを見て、エスメラルダは
「(いやー、出かけてからかなりの時間経ってるし、ザフィの言い分は尤もだと思うんだけど……。……でもマリンさんだし黙っておこう)」
と、心の中で呟く。
一方、マリンはというと、両手に抱えていた荷物を床に置くと、その場で広げはじめた。
そして、
「ほら、あんたたちが南の大陸の冒険に必要そうなもの一式、用意したわよ」
と、ザフィーアとエスメラルダに購入した物を見せる。
「はい。日よけローブに飲み水、携帯食に水の魔石の魔石箱」
「日よけローブ以外も用意してくれたのか」
「魔石箱まで」
マリンが購入した物を見ると、それぞれ言葉を口にするザフィーアとエスメラルダ。
「南の大陸は砂漠地帯でしょ? 水の魔石の入った魔石箱があれば、発する冷気で多少は暑さ対策にはなるでしょ」
「確かに……」
「すいません、そこまで気を遣っていただいて」
「ふふーん! もっと褒めなさい!」
ザフィーアとエスメラルダの反応に、鼻を高くしそう言うマリン。
だが、マリンは直ぐに
「っと、本命はこっちね」
と言うと、家の玄関方面を振り向く。
そして、
「アルディアちゃん、何やってるの! 早くいらっしゃい!」
と声をかける。
「え、えーっと……」
マリンが声をかけた方向から、アルディアがそう反応するものの、姿を現さない。
だが、少しした後、その方向からルービィに背中を押されながら、アルディアがザフィーアとエスメラルダの前に姿を現した。
「アル……」
「ほぉ……」
姿を現したアルディアを見て、言葉を漏らすエスメラルダとザフィーア。
両者の前に現れたアルディアは、マリンに連れられて出て行く前と異なり、ボサボサの二本三つ編みだった髪の毛は整えた一本の後ろ縛りの三つ編みに、服もワンピースこそエクレールから仕立ててもらったもののままだったものの、その下に生成り色の布のズボンを穿いており、露わになっていた足を綺麗に隠していた。
そしてそのアルディアの姿は、旅立った頃の姿とは異なり、年相応に成長した少女の姿になっていた。
「どーよ! あたしのセンスは」
マリンは得意気にザフィーアとエスメラルダにそう言う。
「まぁ、マリンのセンスに問題あるとは思っていないから、何ら問題もないが……」
「うん、こうして見ると、アルも成長してたんだなーって……」
「はぁ~! うっすい感想ねぇ!」
ザフィーアとエスメラルダの感想に、溜め息をつきながらそう苦言を呈するマリン。
だが、直ぐに
「ま、あんたたちに女の子を褒めるセンスなんて期待してないからいいけどね」
とザフィーアとエスメラルダに言うのであった。
そんなマリンの言葉に、ザフィーアとエスメラルダはただただ、黙っているだけであった。
一方、アルディアの背中を押して入ってきたルービィはというと、
「アル、すっごくよく似合ってるよ!」
とアルディアの両肩を叩きながらそう言う。
「そ、そうかな……?」
ストレートに褒めるルービィに、アルディアは頬をうっすらと赤らめながらそう答える。
「うんうん、アルディアちゃん。とっても素敵よ!」
マリンもまた、笑顔でアルディアにそう言う。
「マリンさん……、ありがとうございます」
アルディアはマリンにお礼を言うと、頭を下げる。
「お礼なんていいわよ。ちなみにお金のこともね!」
「え、でも……。しかも靴まで買ってもらって……」
マリンの言葉に、アルディアは少し戸惑った様子でそう言う。
「なーに言ってるのよ! アルディアちゃんはこの東の大陸を救ってくれたんだから。それに比べれば安いものよ!」
アルディアの言葉にマリンは親指を立て、そう返した。
「靴も買ったのか?」
アルディアとマリンのやりとりを横で聞いていたザフィーアが、マリンに尋ねる。
「そうよ。だってアルディアちゃんの靴、ボロボロだったもの。それにこれからの旅を考えたら、布よりも革の靴の方がいいでしょ?」
「成る程、革靴か。確かにその方がいいな」
「でしょー?」
ザフィーアの反応に、マリンはそう答えた。
一方、今度はエスメラルダがマリンに尋ねる。
「……ところで、ルーも服、買ったんですよね? 変わってないような……」
「ああ、この子? 同じような服が売ってたのもあったからか、前のと同じような物買ったのよ。だからね」
「ああ、それで……」
マリンの説明を聞き、納得するエスメラルダ。
「ま、何着か買ってるから、洗い替えとかはできるわよ。だから前みたいな事にはならないと思うけどね」
「そ、そうですか……」
エスメラルダの問いかけに一通り答えると、マリンは今度は台所の方へと移動を始める。
そして一同に、
「今から食事の準備をはじめるから、ちょっと待ってて頂戴」
と声をかける。
そして続けて、
「今夜はあんたたちの戦勝祝いと、新しい旅立ちに向けての景気付けも兼ねて、腕によりをかけるわよ! 楽しみにしていて頂戴」
と言うと、そのまま台所へと姿を消したのであった。
――――翌日・港町ルベン郊外
昨日、マリンの作ったご馳走で宴をし、そのままザフィーア宅で一泊した一同。
翌朝、一同は南の大陸へ向かうため、荷物をまとめてルベンの郊外へと移動していた。
そこには、昨日マリンがザフィーアに話した通り、新調した茶色の革のブーツを穿くアルディア、いつも通りのエスメラルダとルービィ、どことなく疲れた様子のザフィーア、そしてどことなくご機嫌な様子のマリンが、郊外の開けた場所に立っていた。
「ザフィ、何か疲れてる?」
「……頼むから、聞かないでくれ」
エスメラルダの問いかけに、目を瞑り、眉間に皺を寄せながらそう答えるザフィーア。
一方で、ザフィーアにくっつくかのような距離に立つマリンは、変わらずご機嫌な様子であった。
そんなザフィーアとマリンを横目に、アルディアは一歩前に出る。
そして、
「じゃあ、呼ぶね」
そう言うと、両手に持った聖石エメラルドを高く掲げた。
だが、聖石を掲げるも、これといった反応はなく、暫く沈黙が続く。
「……何も反応ないね」
アルディアは聖石エメラルドを掲げたまま、そう言葉を口にする。
「やっぱりダメかな?」
聖石を掲げたままのアルディアの姿を見て、エスメラルダもそう言う。
エメラルドドラゴン案はやっぱり無理だったかな? アルディア達がそう思ったその時であった。
「……何あれ?」
マリンが突然、空を指さす。
一同はマリンの指す方向を見上げる。
すると、マリンが指さす方向から、何者かが飛んでこちらへ飛んできた。
飛んできたそれは、どんどんと一同の方向へ近づいてくる。そして、アルディア達のところへやってくると、ゆっくりと降り立ったのであった。
「エメラルドドラゴン……、本当に聖石で呼べるんだ」
降り立ったその存在、エメラルドドラゴンを見て、エスメラルダは思わずそう呟く。
「どうした?」
降り立ったエメラルドドラゴンは、アルディアに尋ねる。
「エメラルドドラゴン、ごめんね。実は、南の大陸に渡りたくて……」
アルディアはエメラルドドラゴンに謝りながら、事情を説明する。
「成る程、それで乗せて飛んでほしい、と。そういう事か」
アルディアの話を聞いたエメラルドドラゴンは事情を察し、そう言葉を口にした。
一方、そんなやりとりをしているアルディアとエメラルドドラゴンの横から突如、姿を現したのはマリンであった。
「え、これ、本物の三神龍!? 初めて見た!」
マリンは目を輝かせながら、エメラルドドラゴンを見てそう言う。
「……何だ、この娘は?」
ハイテンションなマリンを見て、エメラルドドラゴンは少し困った様子でそう言う。
「えーっと、マリンさん。ザフィさんの、奥さんです」
「……妻が申し訳ない」
アルディアがマリンの紹介をし、ザフィーアはマリンの件でエメラルドドラゴンに謝罪をした。
一方、マリンはというと、そんな夫には気にも留める様子も見せず、初めてみる三神龍に興奮し、エメラルドドラゴンの足を触ったりしていた。
そんなマリンにエメラルドドラゴンは少々困惑しつつも、アルディア達に
「望み通り、南の大陸まで送ろう。さ、乗るがいい」
と、背中に乗るように促した。
エメラルドドラゴンに促され、アルディア達は次々にエメラルドドラゴンの背中に乗る。
「マリン、悪いがルベンの事、よろしく頼む」
エメラルドドラゴンの背中に乗る前に、ザフィーアはマリンの方を振り向き、そう言う。
「任せなさい! あんたたちはさっさと、残りの四柱帝を倒してきなさい!」
マリンは笑顔で右手の親指を立て、そう返した。
そんなマリンの反応を見たザフィーアは、何も言わず笑みを浮かべると、エメラルドドラゴンの方へ歩みを進め、背中に乗るのであった。
「では、行くぞ」
アルディア達が背中に乗った事を確認すると、エメラルドドラゴンはそう言い、飛び立つ。
「あんたたちー! 身体には気をつけるのよー!」
飛び立つエメラルドドラゴンの背に乗るアルディア達に向け、マリンは大声でそう言う。
「マリンさーん! 色々とありがとうー!」
空に飛び立つエメラルドドラゴンの背中から顔を覗かせ、アルディアはマリンにそう言い、両手で大きく手を振った。
そんなアルディアに返すように、マリンもアルディア達に両手で大きく手を振ったのであった。
「行っちゃったか」
エメラルドドラゴンの姿が空に消えたのを見ると、大きく振っていた手を止め、マリンはそう呟く。
「(次会う時は、四柱帝がいなくなってからかしら……)」
心の中で呟くと、マリンはくるりと身体の向きを変える。
そして、
「さて、ルベンに戻りますか」
そう独り言を言うと、マリンはルベンへと歩いていったのであった。
頬に一筋の雫を、伝わせながら……。




