10 森の工作
土曜日は朝早くから「夏の家」に上がった。
家からは急勾配の山道を三十分ほどかけて登る。
今日はいろいろとやることがある。
まず少し離れた場所に、デジタル部の西野君から借りたICレコーダーというのをセットした。
『おむすび岩』と僕が勝手に名づけた黒っぽい岩の上に、タオルを敷いて置く。
赤いボタンを押すと、録音が始まるらしい。
忍び足で離れる。
「ピリーリー」という高い鳴き声はオオルリだ。オスは鮮やかな瑠璃色の羽を持つ美しい鳥で高い木の頂で囀る。
「ピッコロ、ポピッ、ピピッ」とバリエーション豊かに明るく歌うのはキビタキ。
ホトトギスやウグイスの声も聞こえる。
梅雨入り前のこの時期は、野鳥たちが活発に活動する。
意識して聴いたことはなかったけど、これはたしかに癒しのBGMになりそうだ。
夏の家の隣にある炭焼き小屋に行く。
「小屋」といっても、間伐材やら竹やら、炭の材料にする木を積んでおく棚に屋根がついている程度のものだ。
その横に、窯がある。
先週の土曜日に火を入れて、夜通しウトウトしながら薪をくべ、日曜日に窯の口を塞いだ。
一週間かけて冷ましたから、もうできているはずだ。
煉瓦と石と粘土っぽい土で塞いだ部分を取り壊す。
窯の中はまだほんのりと温かい。
(うん、できてるできてる。)
細めのクヌギやコナラ、竹の炭を取り出す。
売り物にするわけじゃないから、多少崩れても気にしない。
それでも、教室用の竹炭は見栄えのいいものを選んだ。
「そういえば、高桐さんの部屋も匂いが籠ってたな。」
まだ新しいマンションで一人暮らし。
あまり換気もできないのだろう。
砕けた竹炭を集めておく。
「シダを集めるのは当日のほうがいいよね。」
ブツブツ独り言を言いながら、薪置き場に行く。
炭になる木じゃなくて、燃料にする方の薪だ。
窯でも竈でも風呂焚き釜でも使う。
去年、標高の高い場所で切ったシラカバの割り木を引き抜く。
燃えやすい木なので着火してすぐの火にくべることの多い薪だけど、今日は用途が違う。
長さは足りているようなので、斧の刃を入れて二つに割く。
寸法を測って印をつけ、鋸で切る。
カンナをかけて細かい寸法を調整して、紙ヤスリで表面を滑らかにする。
高桐さんのサイドテーブルの引出しレールに使う。
余った木片の中から手頃な物を選んで木ダボも作る。
こっちはノミで形を整え、紙ヤスリで磨く。
(あとは現地で調整するか)
細すぎると役に立たないから、紙ヤスリと一緒に持っていこう。
「次はコースターか。」
森のイメージということだから年輪がはっきりしていて、樹皮がくっきりとしている方がいいかもしれない。
(あ、そうだ、あれがいいや。)
竹と並んで林業家が警戒する木に、外来種のニセアカシアがある。
繁殖力が強くて、既存の木々を押しのけて群生してしまうから、見つけたら伐採し、根も掘り起こして駆除する。
一方で燃えやすいから薪としては優秀でもある。
(たしか手頃な太さの丸太があったはず。)
炭焼き小屋の片隅に立て掛けてあったから、一本取って切ってみた。
(うん、適度に乾いてる。)
しかし、硬い。
成長は早いくせに、まるで切られるのを拒むような硬さなのだ。
(えっと、四人席が三つに二人席が七つだっけ。)
最低でも二十六枚は必要ということだ。
親戚の加工場に持ちこんで電ノコを借りることにした。
枝には硬いトゲがあるから、ナタで枝を落としておく。
(ついでにカンナ屑ももらおう。)
ニセアカシアの細丸太を肩に担いで山を下りる。
蛍橋を渡ったところに、「中の家」という親戚の家がある。
檜山郷の世帯はみんな檜山姓だから、家号で呼んでいる。
中の家は祖父の弟の家系で、今はその息子の大輔さんが継いでいる。
キノコのビニールハウス栽培や、用水路の管理をしている。
ちなみに、先日兄弟喧嘩をした蒼と湊は「上の家」の息子たちだ。
「大輔さん、おはよう。」
親戚同士は特に遠慮することもなく行き来している。
「おう、佑登君か、どうした。」
「加工場の電ノコ借りたいんですけど、今大丈夫?」
「ああ、いいぞ、なんか作るのか。」
「うん、文化祭で喫茶店をやるから切り株コースターを作りたいんですよ。」
「へえ、それでニセアカシアか、いいんじゃないか。」
加工場、といっても本格的な建材ではなくて、柵やキノコ栽培用の原木などを切る場所だ。
材木を台座に固定し、高速で丸いノコギリが回転しているアームを押し下げて切断する。
丸太を切るのに必要な固定具や、硬い木を切る場合は刃をゆっくり下ろさないといけないことなどを大輔さんが教えてくれた。
三十分ほどの作業で、四十枚くらい切れた。
「ありがとう、大輔さん。あと、カンナ屑があったら欲しいんですけど。」
「ああ、その辺にあるやつ持っていっていいぞ。ヒノキとスギだな。」
「うん、ありがとうございます。」
大輔さんが大きめのビニール袋もくれたから、それに入れる。
サンタクロースみたいな姿で山を登り、夏の家に戻った。
(あっ、忘れてた。)
『おむすび岩』の上からICレコーダーを回収。
これで学校関係の作業はいったん完了だ。
十分ほど歩いて南側の斜面に回りこむ。
うちでは『佑登の森』と呼ばれている一帯だ。
十年前に植林したスギとヒノキの林で、僕が管理を任されている。
谷側に植えたスギは五メートルほどに成長した。
もう苗木ではないから下草をこまめに刈らなくてもよくなったけど、枝が混み合うと日当たりが悪くなるから、適度に枝を切る「枝打ち」が必要だ。
「森も成長するからな。」
父さんがなんだか意味ありげな顔をして言っていた。
尾根側に植えたヒノキはスギよりも成長がゆるやかなので、まだ下草を刈って日照を維持する。
枝打ちも、きれいな材木にするために欠かせない。
まだ梯子やノコギリはいらなくて、ナタで切り落とせるのだけど、それなりにコツがある。
振り下ろすのではなくて、木の幹に沿うように下から上に振り上げながら切る。
樹皮を傷つけないように気をつける。
急斜面を降りながら見回って、林道に降りてきたらバイクが停まっていた。
黒いヘルメットの人がシートに跨って僕のほうを見上げていた。
「あれ…?」
バイクの人がヘルメットを脱いだ。
「よお。」
「江田君!」
遊びに行くとは言ってたけど、いきなり来るパターンだったのか。
「ほんとに林業やってんだな。」
「ううん、まだ手伝い程度だよ。それよりどうしたの?」
「ああ、暇だったから来てみた。」
「これからお昼にしようと思ってたんだけど、一緒に食べる?」
「えっ、いいのか?」
「あ、そんなに大したものじゃないよ、作業小屋で作るやつだから。」
とりあえず、江田君を作業小屋に案内することにした。
(せっかくだから竹炭とカンナ屑を持っていってもらおうかな。)
バイクに荷台があるからロープで固定すれば載せられそうだ。
江田君の荷物はリュックだし。
「梯子で屋上に上がれるよ。」
林道で撮影スポットを探していたのだろうけど、観光道路じゃないから展望スポットはないんだよね。
梯子を押さえて、登るのを手伝ってあげた。
「屋上って言っても手すりも何もないから気をつけてね。」
「おう。」
二人で乗ると重さに耐えられないかもしれないから、僕は上がらなかった。
「どう?」
下から声をかける。
「おお、いいな。」
「降りたくなったら言ってね。梯子押さえにくるから。」
「ああ、わかった。」
僕は土間に入って、昼食づくりに取り掛かることにした。




