第五話 特訓
あの駄菓子屋デートをきっかけに、俺と斗真くの「秘密の放課後」は、月に一、二回ほどのペースで定期化していった。
デートのたびに、俺は女装のクオリティを熱心に研究した。メイクのトレンドを調べ、カラーコンタクトの色味を変え、ウィッグの艶を出すスプレーを新調する。我ながらどこへ向かっているんだという自問自答はあったが、待ち合わせ場所に現れる斗真のリアクションが、その迷いをすべて吹き飛ばしてくれた。
「うわあ……! 今日のお姉さん、世界一可愛い!」
毎回、初めて出会ったときと同じくらい新鮮に、顔を真っ赤にして大絶賛してくれるのだ。これほどストレートに自分の努力を肯定してもらえる機会なんて、普段の男子大学生としての生活にはどこにもない。斗真くんのキラキラした視線を受けるたび、俺の心の中の妙な達成感と承認欲求は、これ以上ないほど満たされていった。
もちろん、ただ可愛いと言われて悦に浸るだけではない。
声が出せない分、俺は斗真くんの言葉に全力で耳を傾けた。スマホのメモ機能を使った筆談は、意外にもじっくりと相手の話を聞くのに適していた。
【学校はたのしい?】
ある日の公園、ベンチで並んで座っているときに画面を見せると、斗真くんは小さくため息をついてうつむいた。
「……あのね、いま体育で鉄棒やってるんだけど。僕、逆上がりができないんだ。みんなはもう、どんどんできるようになってるのに」
悔しそうに小さな手を握りしめる斗真くん。小二の彼にとっては、世界の終わりと同じくらい重大な悩みだ。
俺はすぐに文字を打ち込んだ。
【お姉さんも、昔はぜんぜんできなかったよ。でもね、コツをつかめば絶対にできるようになるから。……いまから、いっしょに練習してみる?】
「えっ、いいの……?」
パッと顔を輝かせた斗真くんの手を引いて、俺たちは公園の鉄棒へと向かった。
ワンピース姿で鉄棒に近づくのはビジュアル的にかなりシュールだったが、背に腹は変えられない。俺はスマホを器用に操りながら、かつて自分が教わったコツを細かく伝えていった。
【鉄棒をぎゅっとお腹に引き寄せるイメージだよ】
【足は、空を蹴るみたいに高く上へ伸ばしてごらん】
「お腹を近づけて……」
斗真くんは何度も何度も、一生懸命に地面を蹴った。
タイミングがズレてお尻が落ちてしまうたびに、俺は横で拍手をしたり、スマホで【いまの、すごく惜しかった!】【次はもっと足を高くね】と全力で応援した。泥だらけになりながらも、俺の言葉を信じて何度も挑戦する斗真くんの姿は、たまらなく健気で愛おしかった。
一時間ほど経った頃、ついに斗真の身体がくるりと鉄棒を越え、綺麗に足が地面に着いた。
「できた……! お姉さん、僕、できたよ!!」
興奮で顔を上気させた斗真くんが、弾かれたように俺の胸に飛び込んできた。小さな身体をぎゅっと抱きとめながら、俺は声を出せない代わりに、最高に嬉しそうな笑顔で彼の頭を何度も何度も撫で回した。
大学の講義、就職活動のプレッシャー、周囲の目線。普段の生活には、息が詰まるような現実がたくさんある。
だけど、このワンピースを着て斗真くんと過ごす時間だけは、それらすべてから切り離されていた。
何の打算もない純粋な好意を向けてくれる斗真の前だけが、俺にとって、誰の邪魔にもならない「ただ可愛い女の子」でいられる、何にも代えがたい癒しの時間になっていった。




