第四話 駄菓子屋デート
「それじゃあ、行こう! 僕、お姉さんを連れていきたい特別な場所があるんだ」
斗真くんはそう言うと、俺の大きな手を自分の小さな手でぎゅっと握りしめて歩き出した。
小学生の男の子の手は驚くほど小さくて、少し汗ばんでいて、だけど俺を引っ張ろうとする確かな力強さがある。男同士で手を繋ぐなんて普段なら絶対にあり得ないシチュエーションだが、今の俺はサックスブルーのワンピースを着た「お姉さん」だ。
道ゆく人たちからは、仲の良い年の離れた姉弟か、あるいは親戚のお姉さんと子供のように見えているのだろう。そう自分に言い聞かせないと、なんだか妙に気恥ずかしくなってしまう。
斗真くんが「こっちだよ!」と得意げに案内してくれた特別な場所。それは、住宅街の路地裏にひっそりと佇む、昔ながらの古い駄菓子屋だった。
色褪せた日よけ暖簾をくぐると、店内には10円や20円のカラフルなパッケージの菓子が所狭しと並んでいて、独特の甘い匂いが鼻をくすぐる。
斗真くんは店に入ると、ジャラジャラと音を立ててズボンのポケットから小銭を取り出した。100円玉が2枚と、50円玉が2枚。きれいに並べられた計300円を俺に見せつけながら、これ以上ないほど誇らしげに胸を張る。
「お姉さん、好きなの何でも買っていいよ! 僕、今日300円持ってきたから!」
全財産を賭けた、あまりにも男前で太っ腹なセリフ。
だけど、総額300円だ。大学生の俺からすればワンコインにも満たない金額だが、小学二年生の彼にとっては、きっと一週間、いやそれ以上のお小遣いを必死に貯めて用意してくれた大金に違いない。それを俺のために使おうとしてくれているのだ。
いやいや、ありがたいけど申し訳なさすぎるわ……!
俺は胸の内で激しく恐縮しながら、大慌てでスマホに文字を打ち込んだ。
【ありがとう。でも、斗真くんのたいせつなお金だから、お姉さんは少しだけで大丈夫だよ】
「えーっ、遠慮しないでよ! 僕、お姉さんにご馳走するって決めてたんだから!」
引かない斗真の熱意に押され、俺は恐る恐る棚へと手を伸ばした。なるべく彼の財布を圧迫しないように、1本10数円の棒菓子と、小さなプラスチック容器に入った数十円のラムネをカゴに入れる。合計しても50円に満たない、ささやかすぎるチョイスだ。
「え、お姉さん、本当にそれだけでいいの? もっと高いやつ、紐がついてる大きな飴とか買ってもいいんだよ?」
なおもドヤ顔でエスコートしようとしてくれる斗真くんのピュアな優しさに、俺の心は完全にノックアウトされていた。
駄菓子屋の店先にある、少し年季の入った赤いプラスチックのベンチに、俺たちは並んで腰掛けた。
手元には、さっき斗真が「男気」で見せてくれた300円から支払われた、めんたい味の棒菓子とラムネ。お釣りを受け取った斗真くんが嬉しそうに抱えている。
バリッと小気味よい音を立ててうまい棒の袋を開け、一口かじる。
いつもなら一瞬で食べ終えてしまうただの駄菓子なのに、今日ばかりは咀嚼するたびに、胸の奥がぎゅっと締め付けられるような感覚に襲われた。
……重い。小学二年生の財産から捻出された駄菓子、あまりにも重すぎる……!
彼がどれだけ楽しみにこのお小遣いを貯めていたのか、そしてそれをどれだけ誇らしげに俺に差し出してくれたのか。そう考えると、心の中で滝のような涙が溢れて止まらない。と同時に、自分のついている「女装」という嘘が、とてつもない罪悪感となってチクチクと突き刺さる。
だけど、ここで暗い顔をするわけにはいかない。
俺は精一杯の感謝を込めて、斗真くんのほうを振り向き、これ以上ないくらい優しく微笑んでみせた。そして、スマホを取り出して素早く画面を打ち込む。
【とっても美味しいよ。ありがとう、斗真くん】
「本当!? よかったぁ……!」
画面を見た斗真くんは、まるで世界を救ったヒーローのような、弾けるばかりの満面の笑みを浮かべた。その無邪気な喜びようを見ていると、申し訳なさの反面、なんだか心がじんわりと温かくなっていくのを感じる。
このままもらいっぱなしなのも大人のプライドが許さない。俺はもう一つのラムネの容器を開けると、指先に何粒かコロコロと転がし、それを斗真くんの目の前に差し出した。
そして、人差し指を自分の口元に当てて「シー」と内緒話のポーズをしてから、スマホの画面を見せる。
【お姉さんからの、お裾分け。半分こ、ね】
「あ……!」
斗真くんは俺の手のひらと、ラムネの粒を交互に見つめ、それからまた顔を真っ赤にした。
そっと小さな指先でラムネを拾い上げ、口に放り込む。カリッと小気味よい音が響き、斗真くんは口いっぱいに爽やかな甘さを噛み締めながら、嬉しそうに目を細めた。
「うん! すっごく美味しい!」
青空の下、シュワシュワと溶けるラムネの味。
俺が男だなんて夢にも思っていない斗真くんは、隣でただただ幸せそうに足をパタパタと揺らしていた。その横顔を見つめながら、俺は「この時間をもう少しだけ、大切に過ごさせてほしい」と、勝手ながらも願ってしまっていた。




