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第三話 約束とのど飴

 こうして、奇妙な「またね」の約束が交わされた。

 自宅のアパートに戻り、パチパチと音を立ててつけまつげを剥がしながら、大きなため息をついた。鏡に映るのは、メイクが半分落ちかけた、見慣れた冴えない男子大学生の顔だ。

 

「……何やってんだろ、俺」

 

 客観的に考えれば、女装して外出したら近所の小学生にガチ恋され、勢いで次の約束までしてしまった、というただの不審事案である。すぐにでも連絡手段を断ってフェードアウトするのが、大人の、いや常識人としての正しい対応なのだろう。

 ──だが。

 

「……まぁ、でも」

 

 クレンジングシートで肌を拭いながら、口元がどうしても緩んでしまう。

 あんなに真っ直ぐな目で、顔を真っ赤にしながら「結婚してください」だの「可愛い」だのと言われたのだ。相手は小学二年生とはいえ、男の子である。自分の趣味のクオリティが、そこまで誰かの心を動かしたという事実は、俺の承認欲求とささやかな自尊心をこれでもかと満たしてくれた。

 

「あそこまで絶賛されると、悪い気はしないっていうか……むしろちょっと、嬉しいかも」

 

 男の姿に戻っても、胸の奥のニヤニヤが止まらない。

 結局、良心の呵責よりも「もっと可愛い自分を見せたい」「あの子をもう一回驚かせてみたい」という、女装男子としてのごうが勝ってしまった。

 

 そうして迎えた、次の土曜日。

 約束の時間の十五分前。公園のシンボルである大きな時計の下には、すでに小さな人影があった。

 斗真くんだった。

 今日の彼は、前回泥だらけになっていた格好とは打って変わり、おそろしく気合が入っていた。

 お気に入りなのだろう、少しプリントのはげかけたキャラクターTシャツの上に、おませなチェック柄のネルシャツを羽織っている。彼なりの精一杯の「一張羅」であり、「大人のデート服」なのだ。

 斗真くんは小さなスニーカーの先で地面を小突きながら、何度も何度も時計を見上げては、そわそわと辺りを見回している。小さな手をぎゅっと握りしめ、緊張のあまり背筋をピンと伸ばしている姿は、遠目から見ても健気そのものだった。

 

 うわ、本当に待ってる……。しかもあんなに格好つけて。

 

 物陰からその様子を盗み見た俺は、あまりの愛らしさに胸を打たれると同時に、今日のために3時間かけて仕上げてきた自身のメイクとコーディネートに、確かな手応えを感じていた。


 意を決して、俺はゆっくりと木陰から姿を現した。

 今日のコーディネートは、清楚さを意識したサックスブルーのワンピース。歩くたびに裾が軽やかに揺れ、初夏の風にぴったりな爽やかさだ。

 

 トコトコと足音を響かせながら近づいていくと、そわそわしていた斗真くんがハッと顔を上げた。その瞬間、彼の大きな目がこれ以上ないほど見開かれる。

 

「お姉さん……!」

 

 斗真は一瞬で顔を真っ赤に染め、弾かれたように駆け寄ってきた。一張羅のチェックシャツを少しはためかせながら鹿目の前で急ブレーキをかけると、あまりの眩しさに圧倒されたのか、もじもじと視線を泳がせる。

 

「き、今日も、すっごく可愛い、です……!」

 

 緊張のあまり敬語になりつつも、全力で褒めてくれる斗真くん。俺は微笑みながら、あらかじめ文字を打ち込んでおいたスマートフォンの画面をすっと差し出した。

 

【ありがとう。斗真くんも格好いいシャツを着ているね。待たせてごめんね】

「ううん! 僕もいま来たばかりだから!」

 

 お決まりのデートのセリフを律儀に返す斗真が微笑ましい。

 すると、斗真くんは「あ、そうだ!」と思い出したように声を上げると、背負っていた小さなリュックサックを大慌てで前に抱え込んだ。ジッパーを開け、小さな手で奥のほうをガサゴソとあさっている。

 

「あのね、これ……お姉さんに、あげたくて」

 

 差し出された斗真くんの両手の上には、綺麗にラッピングされた……わけではない、家庭用のジッパー付きプラスチック袋があった。その中には、個包装されたのど飴が、溢れんばかりにぎっしりと詰め込まれている。

 

「お母さんが、喉が痛いときはこれが一番効くって言ってたから! 家にあるやつ、たくさん詰めてきたんだ。……早く、お姉さんの喉が治るように」

 

 はにかみながら差し出された、ずっしりと重いのど飴の袋。

 

 自分のついた「喉の調子が悪い」という嘘を、この子は一週間ずっと思いやり、心配してくれていたのだ。わざわざ家からこれだけの飴を集めて、一張羅のリュックに入れて持ってきてくれたのだと思うと、鹿目の胸の奥がツンと痛んだ。

 

 ……ダメだ、ピュアすぎて心が洗われる。俺の汚れた承認欲求が申し訳なくなってきた……!

 

 両手でしっかりと、その温かいのど飴の袋を受け取った。そして、画面に【ありがとう。とっても嬉しい。大切になめるね】と打ち込んで見せ、心の底からの感謝を込めて、優しく斗真くんの頭をなでた。

 

「へへ……っ」

 

 斗真くんは嬉しそうに目を細める。こうして、年の離れたふたりの、ちょっぴり不器用で特別なデートが幕を開けた。

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