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呪われ公爵様に嫁ぎましたがなんとか上手くやっていけそうです  作者: さくたろう/「悪女矯正計画」1&2巻発売中


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君の欺瞞はもう聞きたくない

 真昼の太陽が大聖堂を照らし、レンガの反射が目に眩しかった。聖堂は人払いがなされ中には入れない。行き場をなくした信者達が広場で祈りを捧げていた。

 

 ジュリエッタ・オルエンヌもその近くにいた。だが祈りのためではない。そもそもジュリエッタは神を信じていないのだから。日差しを避け、建物の陰に身を潜めながら見守っていたのは自分が密告した女の成り行きだった。

 彼女の断罪を、今か今かと待っていた。だからその女が来た時と同じように、一人で無事に建物の中から出てきた時、ジュリエッタは愕然とした。


 なぜ平然と彼女が聖堂から出てくるの? しかも入る前よりも穏やかな顔をして――。


「ありえないわ。どうして」


 小さな呟きが口から漏れる。

 アドリアンナ・オルエンヌ。

 彼女が無事でいいはずがない。なのに彼女は馬車へと乗り込むと去っていく。


 聖女は自身が命じた命令に背き勝手に戻ってきた女を許したの? 

 なぜ――? 許しを得させるために、彼女の居場所を告げたわけではない。望んでいたのは再起不能なほどの罰だったのに。


 ジュリエッタは片手の親指の爪を噛んだ。その癖はみっともないからやめなさいと母に言われた幼少期から人前ではしていなかったが今は構わない。誰もジュリエッタのことなど気にもとめていなかった。


 無事でいいはずがない。彼女が清らかなまま、傷付かずにいる姿など間違っている。かつてかけられた微笑みさえも嘘であったと暴かなければ。アドリアンナもまた自分勝手な欲望を抱く罪人であると世間に知らしめなくてはならない。

 罪人には相応しい罰を与えないと。

 彼女の嘘と欺瞞を暴き、地面に這いつくばりジュリエッタに縋り付く姿を――泣き叫びながら許しを請う姿を見なければならない。それが彼女の人生に相応しい結末だ。


 ジュリエッタはそっとその場を離れた。



 ◇◆◇



 王立研究所に戻ったアドリアンナを出迎えたのはノア・ルターヴの破顔だった。


「おお! 無事か、良かった!」


 狭い部屋の中をぐるぐると動き回っていたような様子だった。落ち着かない時間を過ごしていたらしい彼は、アドリアンナを見て足を止めた。


「君を助けてもらおうとロラン君に連絡しようと思ったが、城にはいないようで連絡が取れなかったんだ。仕方なくここに戻ってきたが、無事で良かったよ」


 はあ、と盛大なため息を彼は吐いた。


「話というのはなんだったんだ? 研究がバレたか?」


 アドリアンナは咄嗟に嘘を言った。


「大したことじゃなくて、世間話でした」


 ノアは眉間に皺を寄せ叫ぶ。


「あれだけ横行に呼び出しておいてそんなわけないだろう! 研究がグラン家にバレたのなら我々は無事では済まされない! 君は正直に言うべきだ!」


 だがアドリアンナも負けじと言い返す。聖女との約束をノアに真正面から話したら反対されるに決まっているからだ。


「でも! 本当に聖女様は味方です! お優しい人でした。研究のこともご存じない様子で、ただ、ご自分の言葉でわたしがフェルナン様のところに嫁いだことをひどくご心配されていて――」


 未だに疑わしげな視線を寄越していたノアだったが、待っている時が長すぎたのか疲れて果てているようで、詳細を問い詰めては来ない。アドリアンナの勢いに押されたということもありそうだ。


「ならいいが。……では研究結果は予定通りロラン君に託すでよいな? 一応、私と君の共同研究だから、最終確認をしておこうと思ってね」


「はい、構いません」


 アドリアンナの返事を聞いたノアはうん、と頷き、それから腕を組んだ。


「今晩にでも作業に取り掛かりたいが、家からいくつか資料を持って来たい。だが君のことも心配だ。私も泊まった方が良いか? 廊下で寝るが」


「いいえ、大丈夫です! そんなことをさせるわけにはいきませんもの!」


 慌ててアドリアンナはそう言った。所長にそんな真似はさせられないし、彼が泊まるのであれば廊下で眠るのは自分にしようと思ったが、そもそもオフィーリアが再び誰かを差し向けるとも思えなかった。「それに」とアドリアンナは言った。


「実は王都にいる友人と連絡が取れて明日は行こうと思っているんです。そのために荷をまとめようと思っていて」


 アドリアンナの言葉に、ノアは眉を上げた。


「本当か? それはロラン君は知っているのかい。王都にいる間の君の身は、彼が護っているのだろう」


「明日いらしたときにお伝えします」

 

 ふうん、と呟いたノアの声色には意外さが隠しきれていなかった。アドリアンナにそのような友人がいるということに驚いているのだろう。当然だ。ノアは正しい。アドリアンナにそんな友人などおらず、嘘なのだから。


 だがやはりノアはそれ以上、個人的な事情に踏み入れることをやめたようで、夜遅くまで作業をした後に家へと帰っていった。


 ノアが帰宅した研究室は静まり返るが、広い研究所にたった一人というわけではない。別の部門の何人かは泊まり込みで仕事をしているし、兵士は一晩中見張りに付いている。安全は確保されていた。


 アドリアンナは少ない荷物をまとめ始めた。ノアに残す手紙は後で書くことにした。自分はいなくなるが、気にしないで論文はノア名義で発表してくれと書き残さなくてはならない。


 暗がりで作業をしながら、結局今日はロランが来なかったな、と考えた。一日と欠かさず来ていた彼が来ないなど今までに無かったことだ。

 頭の中は、未だかつて無いほど冷静だった。凪が訪れ、かつてないほどの充足感に満ちていた。胸の中には小さな希望の火があった。その火がいつか、周囲を照らす炎になればよい。自分の預かり知らぬところではあっても――。


 その時、トントンと扉を叩く音がした。

 ノアが戻ってきたのだろうか。アドリアンナは作業をやめて顔を上げた。返事を待たずに開かれたドアの向こうにいたのは、こんな場所には似つかわしくないほど可憐な少女の姿だった。


「お姉様、お久しぶりです」


 義妹ジュリエッタはにこりと笑う。久しぶりの姉妹の再会の歓喜など、どちらにもなかった。

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