必ず貴方を守ります
かつて城壁に取り付けられていたであろう扉が庭に無惨に打ち捨てられているのを見たことがあるが、城自体の扉は木製でありアドリアンナでも一人で開けることができた。普通の城なら使用人が扉を開くのだろうが、あいにくここでは自分でするしかない。
閂を外し扉を開き、「どちらさまでしょうか?」と尋ねた瞬間、腕を捕まれ外へと引きずり出される。
予期せぬことに悲鳴を上げる間もなくアドリアンナはよろめき、手に持っていた護符を勢い余って破いてしまった。
それから体を支えた男を見て目を見開いた。知っている男だった。
「ギフォード様……!?」
アドリアンナの体を包む男は、あろうことかギフォード・アルギャンだった。幼い頃からの許婚で、親密な恋人だった時もあり、だが最後にはジュリエッタを選んだ彼。軽蔑したような瞳を今も思い出せる。
そんな彼が。アドリアンナはひどく混乱した。
まさか。ここにいるはずがない。これは夢じゃないのか?
だが彼は確かにここにいて、アドリアンナの腕を痛いほどきつく握りしめながら瞳を揺らしていた。心臓が嫌に鳴っている。困惑のままアドリアンナは尋ねた。
「どうして、なにをしにここへ?」
当然の疑問に、彼は平然と答える。
「君を救いに来た」
救って欲しかった時に彼はそうしてくれなかったのに、こんなに意味の分からないタイミングでそんなセリフを吐くなんて。
「救われる必要なんてありません。手を離して……!」
珍しく声を荒げ、彼から体を離そうとしたが、腕を強く捕まれ逃れられない。
「君を連れ帰るまで離さない。君を心配しているんだ!」
アドリアンナは眉根を寄せた。何を言われているのか少しも分からない。
「貴方はわたしを嫌っていた。憎んでいたはずだわ! 噂を信じたくせに!」
自分が発した明確な拒絶にアドリアンナは驚いていた。一体いつからこんな風に人にはっきり言えるようになったのだろう? 誰かに言い返すなんて、家にいた時は決してできなかったはずなのに。
(わたし、強くなったんだわ)
それが誰のお陰かは分かっていた。アドリアンナを一人の人間として尊重してくれた人がいるから、この世に存在することができる。
だがアドリアンナの言葉に対して、揺るぎなく彼は言う。
「呪われ公爵があの男だとは知らなかった。知ってしまった今、みすみすここに置いておくわけにはいかない。君は知らないのかも知れないが、フェルナン・ラヴェルは愚かにも聖女様を誘拐し逃亡しようとした重罪人だ。呪われ公爵などというまことしやかな噂よりも、遥かに現実的な悪行を犯している」
アドリアンナの胸の内には困惑と怒りが渦巻いた。――この人が、彼の何を知っているというの?
「それこそ噂に過ぎませんわ! あの方と聖女様は愛し合っていたと聞きました。いまもなお想い合っていると!」
「まさか! 奴は極悪人だ。普通なら絞首刑が相応しい。生かされているのは聖女様の恩赦に他ならない!」
「貴方はおかしいわ! そんな噂を信じてこんなところまでやってくるなんて!」
アドリアンナはようやくギフォードの腕を振り払い、彼を睨みつけた。
「わたしが“呪われ公爵”のところで死ぬとしても見ぬふりをしたくせに、それがフェルナン様だと分かるとやってきたの? 悪の娘が呪われ公爵の呪いで死ぬことは真っ当な罰で、かつての婚約者がフェルナン様の元にいるのは許せないなんて、おかしなことよ!
一体何からわたしを救ってくださるの? わたしを叩くお父様やお義母から? 犯してもいない罪を信じた世間から? 貴方はわたしを救いたいのではないわ、分かりやすい栄誉が欲しいのよ! 悪行を犯した男性から貴族令嬢を救い出したのなら、確かに貴方は称賛を得られるものね――」
悪行を犯した姉から妹を救い出したように。アドリアンナの元を去りジュリエッタと婚約した彼は、蔑まれるどころか世間の賛同を得た。
アドリアンナの剣幕にギフォードはたじろいだようで、腕を握る力を緩めた。
「どうしたんだアドリアンナ、君がそんなに怒った姿は初めてじゃないか」
彼はアドリアンナをなだめるように半笑いを浮かべていたが、しかしその目はまるで異様な者を見るかのように見開かれていた。
その時だ。
城の近く、西の森に閃光がいくつも光り、轟音がとどろいたのは。
相対していた二人は刹那そちらに気を取られる。
「なんだ? ――っ!」
とギフォードが言った次の瞬間には、彼の体は吹き飛び城壁に激突した。
アドリアンナが悲鳴を上げる間もなく、燃えるような熱に包まれた。それがフェルナンの腕であることに遅れて気がつく。数日の間、王都に行くと言っていたフェルナンがその日のうちに戻ってきたなんて。
「賊め、彼女をどうするつもりだ!」
なぜ彼がここにいるのか分からないが、頑なだった心がたちまちほぐれたかのようだった。溺れかけていた体が水面に浮かびようやく呼吸をしたような気分で、アドリアンナは深く息を吸う。
フェルナンの匂いがした。
フェルナンはアドリアンナを背後に隠すようにしてギフォードに向き合う。彼は怒りに包まれていた。
即座に体勢を立て直したギフォードがその両手に魔法陣を出現させた。その形は本で見たことがある。間違いなく攻撃の魔術だった。
「フェルナン・ラヴェル。やはり貴様は悍ましい男だ!」
フェルナンはそこでようやく、向き合う男が何者であるか気付いたらしい。怒りが収まり、代わりに困惑しているのがその背からも分かった。
「……お前、さっきいた奴か? そうだ、ギフォードとか言った、ロランの兄だろう。なぜお前がここにいる。お前も暴漢の一人なのか?」
「訳の分からない妄言を! 言っておくが、先に手を出したのはそちらだからな!」
「やめて!」
全ては一瞬のことだった。
驚愕していたフェルナンは反応が遅れ、その隙にギフォードが迷いなく攻撃を放った。だからアドリアンナは前に出た。フェルナンを守りたかったから。
攻撃魔術が自分に当たったことは分かった。だが分かったことはそれだけで、全身に激しい痛みを感じたアドリアンナの意識は闇の中へと落ちていった。




