貴方がたくさんの幸せをくださったから
驚くほど充実した暮らしが始まった。
二人は代わる代わる雛の世話を行い、畑に水を遣り、森へ出かけて、帰りに食料を採取し、料理をして食べた。夜は別の部屋で寝ていたが、常に互いの気配を感じていた。
アドリアンナが仰天したのは、水くみや洗濯をフェルナンがしたということだ。のみならず料理を作る時も側にいて、必要があれば手伝うのだ。これではアドリアンナはひどく恐縮してしまう。
「公爵様がされるようなお仕事ではありません」
と言っても、こう返されるだけだった。
「だが君だって、伯爵令嬢のくせにしているじゃないか」
――自分は慣れているから、とは言えずに結局はフェルナンの勢いに押し負ける。
あの日、あの告白をして以来、彼は変わった。水を得た魚のように生き生きと動き出した。彼も人との関わりに飢えていたのだろうとアドリアンナは思った。
なぜなら明らかに、彼の距離は以前よりもずっと近い。寄るなとはもう言わない。言わない代わりに寄ってくる。体に触れるほど近くにいるわけではないが、気づいたらいつも側にいた。同じ空間に。
(わたしに懐いてくれたのかもしれないわ)
などと密かに考えては、おかしくて気づかれないように少しだけ笑った。だが嫌な気分ではなかった。アドリアンナにしても、彼に対して家族に愛されていない娘だと告白した。彼の態度は変わらない。
そのことがどれほどアドリアンナの心を軽くしたのか、きっと彼は気づいてさえいないのだろう。アドリアンナも彼の側に安らぎを見出し始めていた。懐いたのはどちらだったのか、彼女自身気づいてはないなかったのだ。
そんな生活が数日続いたある日、彼が眉間に皺を寄せながらアドリアンナを見つめていることに気がついた。
森からの帰り道のことだった。
彼はよくこういう顔をする。それは不快感を表すためではなく、己の中で熟考している時にむしろよく出るものだと、この頃のアドリアンナには分かってきていた。
「何かございましたか?」
隣を歩く彼の手には産毛が生え揃え始めた雛が入った籠と、それとは別に採取した食料を入れた籠があった。
彼はむっつりと答えた。
「せっかく直したのに、なぜドレスを着てくれないんだ」
アドリアンナは眉を下げる。
「その、だって、こうして森を歩くと汚してしまいますし。やっぱり勿体なくて」
ドレスを贈ってもらったことはアドリアンナも嬉しかった。彼が仕立て直したドレスは実に見事であったから。
控えめに肩を出した首元のラインも、細い腰のラインもボリュームのありすぎないスカートの部分も好きだった。嬉しすぎて袖を通すのをためらい、部屋にずっと飾っているほどには気に入っていた。
「君のママは本当に奥ゆかしいな」
半ばふざけてフェルナンは籠の中の鳥にそう話しかけてから、再びアドリアンナに顔を戻した。
「なら今晩着てくれ。俺も正装をするから」
なぜ? という疑問が顔に浮かんでいたらしく、彼はアドリアンナを見て得意げに微笑んだ。
「たまには晩餐会をしようと思うんだ。君がここに来てくれた記念に、何か思い出に残るようなことをしようじゃないか。料理は俺が作るよ、楽しみにしていてくれたまえ」
ここでは全てを自分たちでするしかない。身の回りのこと全てを。アドリアンナをもてなすために、彼が準備をするのは、彼にとっては当然のことのようだった。
本当の彼はきっとものすごく人が好きで、尽くす人なのだろう。本音を包み隠すこと無く正直に告白すると、アドリアンナは嬉しかった。胸が踊ったのは、ドレスを着るための口実ができたというだけではなかった。




