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身の程知らずと分かっていても、側にいたいと思ってしまったのです

 雛の横にアドリアンナは腰掛けていた。もうずっと長いこと、何もする気が起きずにこうしていた。フェルナンの様子は奇妙だった。

 彼の話を聞くべきだ。彼は泣いていたのではなかっただろうか。ならばなおさら、側にいなくてはならない。

 にも関わらず、動けずにいた。

 

 それはアドリアンナに繰り返し植え付けられた無力感によるものだった。自分は誰にも愛されていないし、誰にも必要とされていない。役立たずの無能がいくら動いたところで結局は意味がない。そういう風に思い込んでいた。

 だが、とアドリアンナは思った。


(フェルナン様は、わたしに助けを求めてくださった)


 誰にも必要とされていなかったアドリアンナの名前を叫び、助けてほしいと願い出た。懇願するような彼の瞳を思い出す。彼は目の前の命を救おうとただ必死だった。世の中の人間は当たり前に善であるのだと、アドリアンナが長い間忘れていたことを、彼は当然のことのように実行する。


「行かなくちゃ。そうでしょう? やっぱり、一人にはできないわ――」


 傍らの雛に、そう話しかけた。

 




 アドリアンナが彼の部屋を尋ねたのは雛を拾ってから数時間後のことだ。手には籠を持ち、もう片方には作った軽食を持って、そっと扉を叩いた。


「公爵様、ご気分は――」


「あっちへ行ってくれ!」


 声をかけた瞬間、怒鳴り声が飛んできた。誤解を解かなくてはならないという一心で、アドリアンナは必死に言った。


「自然界では、死んでしまう個体もいます。それが誰かのせいであるなんて、そんなことありません……!」


 雛が死んで、もしその遺体を土に埋めたのなら、それを栄養に植物が芽吹き、虫がその花の蜜を吸い、その虫を鳥が食べる。それが自然の営みだ。自然の中にある命には無駄というものがない。人間界とは違って。


「それに」


 と言いかけた時、先程よりも声色の暗い声が返ってきた。


「違う。君は全然違うことを言っている」


 静かな、だがはっきりとした声だった。


「俺は呪われている。呪われ公爵は先代のことではない、確かに俺のことだ。俺に近づく者は皆死ぬ。母親も育ての親も、使用人も……! 以前の婚約者達だって死んだ。戯れに俺と関係を持っただけの女も死んだ。その雛も、きっと君も死ぬ! ひと月なんて悠長なことを言うべきではなかった……!」


 フェルナンの声色は、彼の恐怖に煽り立てられるように再び冷静さを欠いていく。遂に叫ぶように言った。


「さっさと気づくべきだった! 妻として来た君ならすぐに死んでしまう! 君が死ぬのは嫌だ! 君はだめだ! 君を死なせたくない! ……俺の側に、寄らないでくれ」


 聞きながら、アドリアンナの心がにわかにざわめいていく。


(わたしが死ぬ……?)


 彼の恐怖の明確な理由は分からないが、自分はひどい勘違いをしていたのだ、と気がついた。


 側に寄るなとくどいほど言われた。アドリアンナに触れた彼の蒼白な顔を思い出した。

 彼に嫌われているのだと思っていた。


(じゃあ、あれは全部わたしのために……?)


 驚きで言葉を失ってしまう。彼の側に寄るとアドリアンナが死ぬと彼は思い込んでいて、だから神経質なほどに拒絶した。

 激しい感情の高まりの後に残ったのは、すすり泣くような彼の声だった。


「だから、向こうへ行ってくれ……君を死なせたくない。君は俺を一人の人間として扱ってくれた。わずかな間でも君といられて良かった。君は俺に真心をくれた。世間から忘れ去られたような俺なのに……」

 

 扉の向こうから聞こえる嗚咽混じりの声に、アドリアンナはなんと声をかけてよいのか分からなかった。

 彼の恐怖を全て理解した訳では無いが、彼はアドリアンナが死ぬと頑なに信じている。彼の呪いによって――。

 困惑のまま、アドリアンナはようやく尋ねた。


「……呪われ公爵だなんて、お噂に過ぎないのでしょう? 貴方が誰かを呪うような方だとは思えません。わたしはそれを知っています。貴方は……貴方は、とてもお優しい方です」


 ここに来てから、彼の優しさを思い知った。同時に孤独も。その孤独はアドリアンナの心と共鳴してしまっている。放っておくことなどできなかった。


「一人になりたい。一人にしてくれ。君と少しだって話したくない。君が死ぬのは見たくない。君は恩人だ。君といて嬉しかった。だからもう側にいてほしくない」


 絞り出すような彼の悲痛な声を聞いてると、こちらまで悲しくなってしまう。生家で自分は孤独だった。声を押し殺して涙している時に、もし側に母がいてくれたらと何度も思った。 

 だが母はいなかった。だけどフェルナンの側には少なくとも今の瞬間は自分がいる。彼の孤独に、今は寄り添える。

 喉に声を詰まらせながら、アドリアンナは言った。


「そんな風に泣いて悲しんでいる方を、一人にはできません」


 だが断固としてフェルナンは言った。

 

「呪いなんだ。俺は呪われている。本当のことなんだ。本当に呪いはある」


 震えるため息が聞こえ、沈黙があった。なおもアドリアンナが扉の前から離れられずにいると、やがて彼の小さな声がした。


「俺の話を聞け。聞いたら君も俺から逃げ出すだろうから」


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