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龍と狼の事情  作者: 旅人


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4/8

畑仕事

ウルカは狼の姿に戻り、畑の土を深く掘り返していた。

爪が湿った黒土に沈み込み、冷たい感触が肉球にじわりと広がる。

掘り返した土の匂い――腐葉土と雨の残り香、かすかに混じる根の甘さ――が鼻先をくすぐり、耳がぴくりと動いた。

「……やっぱ、これ落ち着くなぁ」

酒場でレイと出会った余韻が、まだ胸の奥でざわついている。

白銀の鱗が光る姿。嬉しそうに細められた瞳。

けれど次の瞬間、ロンの視線に引き戻されたレイの表情が、どうしても頭から離れなかった。

もやもやを振り払うように、ウルカは畑に逃げ込んだ。

ここなら誰も干渉しない。期待もされない。

ただ、土と向き合うだけだ。

溝を整え、種袋から小さな粒を一つずつ落としていく。

指先で土を被せ、軽く押さえる。

尻尾が無意識に左右へ揺れ、耳は風や遠くの鳥の声を拾っていた。

種まきが終わると、果物畑へ向かう。

木々の間には、熟れた実が赤く輝いている。

一つ摘み取り、鼻先で匂いを確かめてから、牙を立てた。

甘酸っぱい汁が口いっぱいに広がり、喉を伝って落ちる。

胸のざわつきが、ほんの少しだけ和らいだ気がした。

「ウルカ。久しぶりだな」

低い声が背後から響いた瞬間、全身の毛が逆立つ。

反射的に前脚で土を掴み、勢いよく投げつけた。

土くれは弧を描き、相手の胸元にぶつかる。

銀灰色の毛並みが汚れ、相手の耳がぴんと立った。

「……親父かよ。何しに来たんだ?

魔界に住む貴族様が、こんな辺鄙な森まで来たら、文句言われただろ」

オルカ――ウルカの父は、ゆっくりと土を払い落とす。

彼もまた狼の姿で、ウルカより一回り大きな体躯をしていた。

上質な銀灰色の毛は威厳を湛え、瞳は娘を静かに射抜いている。

「相変わらず口が減らないな。

だが……一応、私の娘だ。顔くらい見に来るさ。

無所属のまま生きていれば、私の立場にも響く」

ウルカは答えず、果物畑の奥へ移動する。

木の根元に身を低くして、次の実へと手を伸ばした。

苛立ちを隠しきれず、オルカの尻尾が地面を打つ。

「私が話している最中に動くとは……」

ウルカは振り返り、低く唸った。

牙を剥き、耳を伏せ、毛が逆立つ。

「私は、あんな生活に嫌気がさしてんだよ!

兄がいるだろ、そっちに継がせればいいじゃないか!」

オルカは一度咳払いをし、声を抑えた。

「息子は頼りない。

ウルカ、お前は強い。戦も、知恵も、すべて優秀だ。

そんなお前が、ここで野菜を育てて生きるなど……」

ウルカの爪が、土を深く抉った。

尻尾が地面を叩き、土煙が舞う。

「私の心を踏みにじって、

あの悲劇を忘れろって言うのか!

私は――絶対に帰らない!」

オルカの表情が僅かに揺らぐ。

一歩だけ距離を取り、静かに言った。

「……いずれ分かる。

お前は、私と同じ魂から分かたれた存在なのだから」

それだけを残し、オルカは森の影へと消えた。

風が畑を渡り、再び土の匂いが満ちる。

ウルカは木に体を預け、摘んだ実を強く握り締めた。

果汁が指の隙間から滴り、地面に赤い染みを作る。

「……分かってるよ。

でも、もう戻れないんだ」

喉の奥が詰まり、小さな嗚咽が込み上げる。

尻尾は力なく垂れ、耳も動かない。

実を地面に落とし、ゆっくりと立ち上がる。

納品の準備をしなければならない。

森の外へ向かう途中、レイの顔がふと脳裏に浮かんだ。

胸の奥が、きゅっと一瞬だけ縮む。

深呼吸を一つ。

ウルカは狼の姿のまま、畑を後にした。

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