酒屋の出会い
二人は龍界の酒肆――古い木造の建物で、梁に吊るされた提灯が赤く揺れ、煙たい香辛料と酒の匂いが混じり合う店内――の隅の席に着いていた。
壁には龍の鱗を模した装飾が並び、カウンターの奥では大鍋で煮込まれる肉の音が響いている。東方龍たちが好む、辛く熱い酒と香ばしい小皿料理が並ぶ店だ。
「ロン? 何頼もうか?」
レイがメニューを眺めながら、軽く笑う。
まだ鱗の色が微かにピンクが残ったままの頰を、ロンに気づかれないよう隠すように。
「そうですね……この『小悪魔の唐揚げ』と『龍神酒』とか。辛めで体が熱くなるやつがいいですよ」
レイが手を挙げて店主に声をかけようとした瞬間、ふとカウンターに視線が止まる。
そこに、ウルカがいた。
耳をピンと立て、尻尾を軽く揺らしながら、納品の木箱を下ろしている。
人型だが、狼らしい鋭い瞳と、毛皮の匂いが微かに漂う。
「レイ様? どうしました?」
ロンが怪訝そうにレイの視線を追う。
レイの瞳が一瞬、縦長に輝いた。
「ウルカ!」
ウルカが振り返り、驚いた顔でレイを見る。
耳がピクッと動き、尻尾が一瞬固まったあと、ゆっくり近づいてくる。
「なんでこんな所にいるんだ?」
ウルカが不思議そうに首を傾げると、ロンはすぐに立ち上がり、丁寧だがどこか棘のある声で言った。
「レイ様がいつもお世話になっております。まさかこんな……狼とは思いませんでした」
ウルカは鼻で小さく笑う。
「ふーん、嫌味か? まぁいいけどさ。俺はこの店に納品に来ただけだしな。野菜やら肉やら、畑で取れたやつを卸してるんだよ」
レイはそれを聞いて、ぱっとウルカの屋敷を思い浮かべた。
あの森の奥の古い屋敷の裏に広がる、広大な畑。
土の匂いと、ウルカが無意識に土を爪で掘る仕草……。
「ウルカってもしかして、畑仕事してるの?」
ウルカは頷きながら、レイたちの席に当然のように腰を下ろす。
尻尾が椅子の背に巻きつくようにして。
「まぁな! 腹ごしらえに飯食って帰ろうかなと思ってた所だしな」
ロンは表向き笑顔を保ちながら、心の中で舌打ちする。
(この狼……レイ様を惑わす存在だ。夢中になるのは見たくない)
だが、レイがウルカの隣に座り直し、嬉しそうにメニューを差し出すのを見て、ため息を抑える。
「レイ様? 本来の意図、忘れてません?」
レイはハッとして、慌ててウルカに視線を戻す。
「ごめんごめん……じゃあ、ウルカも一緒に食べよ? いや、でも俺たち仕事の後で……」
ウルカは肩をすくめて立ち上がる。
「別にいいよ。納品終わったらすぐ帰るし。邪魔したな」
レイが名残惜しそうに手を伸ばしかけるが、ウルカは軽く尻尾を振ってカウンターに戻る。
ロンはじっとウルカの後ろ姿を見ていた。
どこかで見たような……貴族の血筋を思わせる、凛とした立ち姿。
耳の形、瞳の色、鱗のように光る銀色の毛並み……。
(この狼……まさか、あの古い魔族の家系の?)
ロンは唐揚げを一口かじりながら、考えを巡らせる。
熱い油が舌を焼くが、それ以上に心がざわついていた。
レイは少ししょんぼりしながら、龍神酒を傾ける。
「ウルカ、畑仕事か……なんか、意外だけど似合うな」
ロンは黙って頷き、内心で決意を固める。
(レイ様を守るためなら……この狼の正体、調べておくべきかもな)
店内の喧騒が、二人の間に微妙な緊張を残したまま、夜が更けていく。




