配下の不満
レイが上空に飛びながら龍界の門をくぐり抜けると、辺りは一瞬で変わった。彼は人型から龍の姿に、
雲海を裂くように渦巻く雷鳴と、青白い稲妻が無数に走る嵐の領域。
龍らしい長い蛇のような胴体をくねらせ、翼を持たずとも自在に空を泳ぐように進むレイの姿は、嵐の中でさえ優雅だった。
鱗は白銀に輝き、鹿のような角が雷光を反射してきらめく。
髭が風に靡き、魚のような鱗が雨粒を弾きながら、かすかな水の音を立てる。
持ち場――龍界の中心にそびえる巨大な玉座の間のような執務室――に着くと、レイは人型に戻った。
白い長髪に、角の先が微かに残る姿。
瞳は縦長のまま、静かに机に向かう。
「レイ様? また……あの場所に行きましたね?」
声をかけてきたのは、配下のロン。
彼もまた東方龍らしく、細長い体躯に青みがかった鱗を纏い、角は短く鋭い。
尻尾の先がイラついたように床を叩いている。
レイは椅子に深く腰を下ろし、書類の山を眺めながら肩をすくめた。
「んー、なんの事かな? ところでロン、最近書類多くない?」
「多いですけど……問題はそこじゃありません。このままでは誤魔化しできにくくなっているんですよ!」
ロンは机に新たな書類の束をドサッと置く。
レイは龍界の中でも頂点に近い立場――古来より天候を司り、界の秩序を保つ高位の龍。
本来、勝手な外出など許されない。まして、下界の森に通うなど…
「ん〜まぁ! 気にするな」
「それでもトップに立つ龍ですか!」
ロンがため息をつきながらレイの肩に視線を落とす。
白銀の鱗が、一枚、ぽっかりと剥げ落ちている。
新しく生え変わる前の、柔らかい部分が覗いていた。
「あの? レイ様……まさか、狼の元に鱗落としたりしてませんよね」
レイの頰が、ぱっと薄くピンクに染まる。
白銀の鱗が一瞬、桜色に変わるように光った――感情が高ぶると、鱗の色が微妙に変化するのも特徴
「うーん? なんとなく」
ロンは龍鱗を震わせ、ゴロゴロと低く唸るような不機嫌な音を立てた。
尻尾が床を叩く音が大きくなり、雷のような響きを帯びる。
「レイ様……今後ないように致してください。その狼とやらをここに連れてきて飼えば良いじゃないですか」
レイはロンの不満を察し、苦笑しながら立ち上がる。
「今度はしないようにするよ……とりあえずさ、今日は飲みに行かない?」
ロンは一瞬、目を細めたが、ため息混じりに頷く。
「今回だけですよ〜レイ様。行きましょうか」
二人は肩を並べて執務室を出る。
外はまだ嵐が続いているが、レイの鱗からかすかに甘い花のような香りが漂っていた――ウルカの匂いが、ほんの少し残っている証拠だ。
ロンもそれに気づきながら、黙って従う。
龍界の酒肆へ向かう道中、レイは空を見上げて小さく呟いた。
「……また、会いに行っちゃうかもな」
ロンは聞こえないふりをして、尻尾を軽く振った。




