剥がれた鱗
生い茂る森の奥、蔦が窓枠を這う古い木造の屋敷。
苔むした石畳の小道を抜けると、木の匂い――湿った土と、かすかに焦げたような龍の残り香が混じった甘い獣臭――が漂ってくる。
「何故!この時間に来るのだ!龍界は忙しいとお主はあれほど言っていただろうが!」
扉の向こうから、ウルカの声が尖って飛んでくる。
彼女の名はウルカ。
耳は狼のように尖り、尻尾は太く力強く、でも今は苛立ちを隠せずにピクピク震えている。
扉が少し開き、レイの姿が見える。
彼はまだ完全な人型ではなく、角の先が微かに光り、瞳に縦長の瞳孔が浮かんでいる。
「それはそうなんだけど…ウルカ、どうしてるかなって」
「私は一人でいい!出てけ!」
バンッと扉が閉まり、鍵の音が響く。
レイはため息をつきながら、持ってきた布袋を軽く振る。
中から、焼きたての肉の香りがふわりと広がった。
「……ウルカ。頼むよ、君の好きなお肉持ってきたからさ」
数秒の静寂。
扉の向こうで、耳がピンと立ち、鼻がひくつく音が聞こえた気がした。
ガチャリと鍵が外れ、扉がゆっくり開く。
ウルカの尻尾が、抑えきれずに左右に大きく振れている。
「何かようか?……茶菓子ならあちらにあるぞ。はいれ」
レイはくすっと笑い、人型に完全に姿を変えて中に入る。
(ちょろいな~。そんなところも可愛いけど)
屋敷の中は薄暗く、暖炉の残り火がぱちぱちと音を立てている。
古い木のテーブルに、ウルカが急いでスコーンと紅茶を並べる。
人型になった彼女の爪はまだ少し長く、無意識にテーブルの木目をカリカリと引っ掻いている。
レイが座ると、ウルカは隣に腰を下ろし、約束のお肉を渡す。
「んで?どうせ…いつもの悩み相談か?聞いてほしいのか?」
「違うよ。ここ最近はどう?」
ウルカは少し目を逸らし、尻尾の先で自分の足を軽く叩く。
「……そこそこだな。これ、土産に持って帰れ」
レイが袋を開けると、中は彼の好物ばかり。
「こんなにいいのか?僕の好物しか入ってないじゃん!」
ウルカは無言で立ち上がり、レイの隣をゆっくり歩く。
そして、そっと体を寄せ、肩から腕にかけて体を擦り付ける。
レイの匂いが彼女の毛皮に染み込むように、ゆっくりと。
レイは少し驚いた顔で彼女を見る。
「あと少しで仕事だろ?紅茶の茶葉とか、甘いもの入れといた」
「もうそんな時間なの!……また来るからね!」
レイは慌てて立ち上がり、扉へ向かう。
白い翼を広げ、外へ飛び立つと、青い鱗が一枚、床に落ちた。
ウルカはそれを見つめ、そっと拾い上げる。
レイの姿が森の木々の向こうに消えるまで、見送る。
その後、彼女は鱗を胸に抱き、自室の布団へ。
古い毛布にくるまり、鱗を鼻先に寄せて深く息を吸う。
そして、尖った犬歯で、優しく甘噛みする。
カリ……小さな音。
体を丸め、尻尾を自分の体に巻きつけるようにして。
喉の奥から、誰にも聞こえない小さな鳴き声が漏れた。
「……また、会いたいな」
人型の指で鱗を撫でながら、目を閉じる。
「何で素直に言えなかったんだろ……」
布団の中で、尻尾の先が寂しげに、ぱたぱたと動く。
屋敷に、再び静寂が戻った。
どうも、作者の旅人です。
新作『龍と狼の事情』の投稿を開始しました。
この作品は、毎週 月曜・木曜 に更新していく予定です。
明日から次の話を投稿致します。
どうぞ、ゆっくり読んでいってください。




