#46 その小説の、タイトルは――
あれから――俺は新作小説の執筆を続けた。
長い間、スランプで一字も書けない日々が続いていたが、今では不思議なくらい、すんなり書き続けられている。内容は――相変わらず、支離滅裂であった。
でも、少なくとも俺は――この小説の面白さを信じることができた。
きっかけはコンビニで働き始めたことであった。様々な人たちと出会い、俺の世界は広がっていき、そしてこの物語に征服された。この新作小説は、そんな俺の日常での経験を基に、騙りを混ぜた物語として、爆誕しようとしている。そして、その時がやってきた。
「ついに、完成――したぞおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
深夜の二時。自室のパソコンデスク前にて、俺は思わず雄叫びを上げる。はっきり言って、ご近所迷惑である。近隣住民の皆様、申し訳ない。許してください。
まあ、それはそれとして――遂に完成したのである。
「俺の、新作小説が! 完成したのだよおおおおおおおおおおおっ!」
さて、このエモーションを担当編集に撒き散らしてやるか。盛り上がって参りました。
『それで、私に電話を掛けてきたわけですか。深夜に? なぁるほど――』
「そうですよ! 編集さん、俺やっとスランプを脱却できました!」
『いい加減にしろよ。こちとら徹夜続きで死にそうだってのに、よ?』
「あ、はい。すみません」
『あと、私の名前は編集さんではないと以前から言っていますよね? 何度言えば気が済むのですかあなたは――私は読神枝鳴。これでも、由緒正しき一族出身なのですよ!』
「お疲れのようですので、失礼致しますね?」
『待て、話は終わっていな――』
さて、編集さんと会って新作小説を見せる約束もしたことだし――安心だね!
「おやおや、すみすみ!」
俺は久しぶりに良い夢を見たような気がしたことにして、次の日を迎えた。
いつものように学校へ行き、放課後にエミリーマートでアルバイトをする。最近の俺の日常、その典型的な例であったが、本日は少々違う行動を取らねばならない。
「突然の早退申請――すみません、店長」
「ハッハー、君の本業は小説家だからね! せっかく完成したし、早く編集の人に会った方が良いに決まっているよ! 楽しみだなぁ、君の新作」
「まあ、まだ書籍化するかどうかは、わかりませんけどね」
「そう自分を卑下せずに!」
「です、よね」
「前向きになってくれたのかい? サンキュー!」
いつもの様にお礼を言い放ち、店長はレジへ向かった。
さて、店長にバイト早退の申請もしたし、サクッと着替えて業務開始といきますか。
「おっと」
自宅で洗濯してきた制服を鞄から取り出そうとして、別のモノまで一緒に床に撒き散らしてしまう。別のモノ――紙の束が事務所の床に散乱し、俺は慌ててそれを拾い上げる。
隣を見ると、エミリーも一緒に紙を拾い上げてくれている。正直、助かる。こういう風に結社の構成員の面倒見が良いところも、彼女の首領としての良い素質だと思う。
「ジューイチ、何を落としたのだ――ん、これは?」
「ああ、それはバイトの後に編集の人に渡す新作だ」
「そうか、スランプを脱することができたのか。良かったのだ」
「エミリーたちのおかげだ。ここのバイトは、良い刺激になった。ありがとう」
「礼は不要だ。我らの仲ではないか」
床に落ちた原稿の束を拾い、それを俺に渡しながら、エミリーは得意げにマントを翻す。
「ふむ、ジューイチが書いた小説か。興味深いね」
気が付くと俺の周囲にマドカたちも集まって来ていた。今の会話を聞いていたようだ。
おいおい、皆。勤務時間中だぞ――まあ、良いか。レジには店長が立っているし、問題は無いだろう。無いよな?
「わあ、読ませてください!」
「ああ、いいとも。ぜひ、感想を聞かせてくれ」
「ジューイチ先生の最新作が読めるなんてー」
「皆、喧嘩せずに順番を守って読んでくれ。わかった、わかった。押すなって! うおっ!」
ロコやマイたちに急かされ、俺は書き上げた小説の原稿を手渡す。彼女たちはエミリーを中心にしながら、小説原稿を一枚、また一枚と捲っていく。
「ジューイチ。これは、もしかして――」
「そうだよ、フェルト」
これは、この小説は――コンビニから始まる、世界征服の物語だ。
一人の少年が、コンビニでアルバイトを始めると、何故か秘密結社に所属することになり、世界の征服を目指していくという相変わらず荒唐無稽で支離滅裂な小説。正直、編集部の審査に合格できるか、わからない。今まで以上に、真剣に世界と向き合ったからこそ書けた小説ではあるが、その気持ちが出版社や読者に届き、上手く伝えられるか心配だ。
「大丈夫だよ。だって、ジューイチが書いたんだよ。ね?」
「フェルト――わかった。ありがとう」
俺は、このときのフェルトの顔を一生忘れないことになるだろう。間違いない。
よし! ネガティブとは――ここで、おさらばだ!
「そういえば――」
勢いで渡してしまったが、そもそも出版前の商業小説を一般人に読ませて良いモノなのだろうか。後で出版社に訴えられるかもしれない。契約違反とか――ひぃ、怖い。
「まあ、でも――」
この後、推敲の後に改稿もする予定だし、情報漏洩に気を付けながら読んでもらえば良いだろう。それに――俺は、彼女たちの笑顔が好きになってしまった。小説原稿を楽しそうに捲るエミリーたちを見ると、不思議と腑に落ちた感情を得られるし、損害は一切無い。
俺は、この笑顔と、自分が抱いた感情に向き合い、この先も生きていく。トラブルも多いけれども、どこか憎めない仲間たちとともに、世界を征服し続けるだろう。
俺たちの世界征服が、特異点に至るその日まで。願わくは、その先も――
「なあ、ジューイチ。そういえばこの小説のタイトルは、何というのだ?」
「え? どこかに書いてないか?」
「全く、どこにも書いていないのだ。締め切りが近かったとはいえ、慌てるから」
エミリーの問いかけに対して、俺は自身の後頭部を軽く指で掻く。おっかしいなぁ、絶対に原稿のどこかに書いたはずなのに。これでは編集部の審査にも通らなくなってしまう。
危ないところであった。今、気が付いて良かった。助かった。
「こほん。それじゃあ、皆聞いてくれ。その小説の、タイトルは――」
エミリーたちが原稿から顔を上げ、こちらを見る。
ああ、また――また、この感情だ。これらの笑顔によって生まれる、小さな幸せ。やはり俺は、日常を彼女たちに征服されてしまったようである。だが、それの何が悪い。俺はようやく世界と向き合えたのだ。征服に悔いは無い。
その笑顔で、俺の理を書き換えてくれて、ありがとう。
「タイトルは――『コンビニ・コンキスタドール』だ」
〈了〉




