#45 一人の人間として、貴様を倒す
「マドカ? 嘘だよな? 我の声が聞こえないのか?」
やはり、マドカは動かない。返事ができるはずがない。それを認識したエミリーは、静かに目元を濡らしていく。マドカ、早くしろ――取り返しのつかないことになる。
エミリーまで暴走したらこの状況、俺の手には負えないことになってしまう。
「わかった――わかったのだ、マドカ」
しかし、エミリーは暴走しなかった。マドカがこのようなことになったのだ、感情を爆発させて、暴走すると思ったのだが――エミリーは何か強く決意すると、静かに肉まんのトングを二つ、顕現した。
「あら? てっきり大暴れするものかと思っていましたのに」
「我の個人的な感情に左右されるわけにはいかないのだ」
「わかったような口を! あなたは首領として三流! そんなあなたが今更、首領としての誇りを語るなど、愚の骨頂!」
「ああ、だから――首領としてではなく、一人の人間として、貴様を倒す」
トングを構えて、ビバーチェと睨み合うエミリー。その目には先程までの迷いが無い。
「貴様は有名な野菜ソムリエの娘。だから貴様自身も野菜ソムリエを目指していた。だがそんな敷かれたレールの上を走る人生に嫌気がさした。そうだろう」
「な、何故それを!」
「ジューイチに聞いた話をしているだけなのだが――」
「何故、瀬分重壱がワタクシの事情を知っているのですか!」
「俺は小説家だからな? ある程度の事情は想像で、推測できる」
ビタ民の集団を捌きながら、ビバーチェの質問に答える俺。
「これだから、小説家は! 気に入りませんわ!」
ビバーチェがエミリーに再び視線を向け、叫ぶ。その顔は何か懇願するようにも見えた。
「なら、あなたにもわかるでしょう! 社長令嬢であるあなたなら!」
「さあ? どうだろうな。我は父上とちゃんと親子の会話をしている。貴様と違って」
「親とのコミュニケーションが私に不足していると?」
「ああ、だから貴様が世界を嫌いになる必要なんて、どこにも――」
「無いはずが――無いのですわ!」
ビバーチェが双剣を構えてエミリーに突撃する。しかし、エミリーは双剣を肉まんのトングで挟み、無力化する。金属がぶつかり合う音が響き、状況に変化が無くなった。
「まさか――」
エミリーは可能な限り対話で解決しようとしている。
戦いではなく、可能な限り対話でビバーチェの問題を解決しようとしているのだ。それこそがエミリーの首領としての在り方――主人公としての在り方なのかもしれない。
この行動が世界征服に繋がると、エミリーは本気で思っているだろう。だから、マドカが倒されても、暴れたりしなかったのだ。
これこそがエミリーが伝えたいこと、【魂美人の征服王】としての答えなのだ。
「貴様は一度冷静になるべきだ。世界を混乱させたいという気持ちは捨てるべき――」
「あなただって、自分の気持ちから目を背けているくせに! 喰らいなさい! ダンシング・ドレッシング!」
双剣による舞が、再び放たれようとした時であった。
「しかし、我は――一人ではない!」
「お嬢様!」
フェルトがチェーンソーで双剣を弾き飛ばす。それに続いて、マイがビバーチェの身体を浮かせて、空中に拘束した。そんなビバーチェをロコがハンマーで地面に叩きつける。
「チェックメイトじゃないかな?」
地面に転がるビバーチェに、カラーボールで狙いを定めているのは――マドカだ。
「マドカ! 無事だったのか!」
「ジューイチ以外、皆気づいていたみたいだね。腹筋が割れていなければ、負けていたかも――演技とはいえ、いかにも咬ませ犬のように負けるキャラを演じるのは辛かったよ」
「え? 俺以外、皆知っていたのか! マドカが無事なこと!」
「とぼけないでよ、ジューイチ――君が状況の筋書きを書き換えたんでしょ? 何だっけ? 【騙りを語りし奇解王】の力だっけ? 痛々しい名前だね」
そんなことを言うな! 結構、カッコイイだろ!
「まあ、奇解王の力は伏線という名の運命の欠片を入手して初めて使える力だからなぁ」
どうやら無意識に奇解王の力を使っていたようだ。確かに運命の欠片は集まっていたような気がするが、いつ使ったのか覚えていない。まあマドカが無事なので、良き哉。
「卑怯ですわ! 結局、力でワタクシをねじ伏せるのですね!」
「我は話し合いをしようとしているだけで、皆はその場を設けてくれただけだ。そもそも先に奥義を発動しようとしたのは貴様ではないか」
「それは――そうですけど……」
顔を背けて項垂れているビバーチェは、どこか弱々しく言葉を紡いでいく。
「なあ――貴様も我のように家族が、仲間が――理解者が欲しかったのではないか? 『私はここにいる』という気持ちを、誰かに伝えたかったのではないか? だからわざわざ騒動を起こして、注目を浴びようとした。そうだろう?」
「なんとでも言うと良いですわ」
ビバーチェは降参したのか、シンギュラー・ポイントカードをエミリーに手渡そうとする。だが、エミリーは首を横に振ると、ポイントカードの受け取りを拒んだ。
「それは貴様が持っておくべきものだ。ポイントカードを奪ってまで、世界を征服するつもりはない。我は我の方法で特異点を集めてみせる」
その代わりエミリーは――手を差し出し、ビバーチェの手を握る。そして笑って見せた。
「まずは綺麗に後片付けだ――暴走したビタ民たちを止めるぞ。その後、改めて運動会で競い合おうではないか。なあ、ビバーチェ黄昏よ」
「【コンキスタ・エミリー】――そうか、そうなのですね……その笑顔が」
「何か言ったか?」
「い、いえ! これら騒動はワタクシが起こしたこと! 自分で決着させますわ!」
「ああ! 期待しているぞ――どちらが先にビタ民の暴走を止めるか、勝負なのだ」
その後俺たちはビバーチェ黄昏とともに、暴走する八百屋の面々を止めることに成功し、運動会の参加者たちにきちんと状況を説明し、謝罪をした上で改めて運動会を行った。
特異点武装を所持していながら、武力だけに頼らず、最終的には対話で問題を解決してしまった今回のエミリーの手腕に驚愕しつつも、俺は納得する。
笑顔だ。あのエミリーの笑顔を見ると、全てが収まるべきところに収まっていく――彼女の笑顔は、どのパズルにも当てはめることができる最強のピースなのかもしれない。
これが本当の――ラブアンドピースなのか?
「パズルのピースとピース――つまり平和を掛けた高度なギャグだな!」
「ジューイチ? おかしなことを言っていないでさ――運動会が再開するよ」
今回の騒動を経て、俺は新作小説の完成が見えてきた。ありがとう、エミリー。
†
運動会が終わってから数日後。俺とフェルトは商店街で買い物をしていた。ファルコさんがまた武者修行の旅に出るらしく、その送別会の準備をすることになったからだ。
「痛いなぁ。筋肉痛が進化して筋肉ゼットになる勢いだ」
「ジューイチはまた面白いことを言っているね」
「まずは筋肉をアップグレードするところから始めないといけないのだが――ん?」
商店街を通った時であった。ふと、八百屋が気になった俺たちは、店を覗いた。
そこにあったのは――
「イラッ・シャイ・マセェッ! ですわ!」
憑き物が落ちたような笑顔で、元気よく客を呼び込むビバーチェ黄昏の姿だ。
「あいつ――良い顔するようになったじゃないか」
「そうだね。八百屋さんとして頑張るための決意が、みなぎってきたのかもね」
フェルトと顔を見合わせて、俺も笑う。そしてお互い頷くと八百屋に入って、今晩のカレーの材料を買った。たどたどしいが、丁寧な接客のビバーチェを見て、安心した俺たちはファルコさんが待つ、ファブリエール家へ向かって歩き出すのであった。




