#44 早くご帰宅なさっては?
マイが一位を取ったことで、勢いが出てきた俺たちのチームはその後の競技も圧勝――というわけではなく、上位であったり、下位であったり、シンプルに言って中堅くらいの順位をキープしていた。それは八百屋のチームも同じであった。
まあ、駅前商店街のお店が交流を深めるために行われている運動会だから、どこかのチームが滅茶苦茶に強すぎるなんてことは無い。あえて説明するとすれば、トレーニングジムの秘密結社、【ハッスル・マッスル】が上位をキープしているということだろうか。埼玉県内で最も秘密結社の数が多い町だから、やはりというべきか、他の秘密結社も出場してきたようだ。それはそれとして、過酷なこの運動会では、競技が終わる毎に脱落チームが目立ってきている。参加チームは徐々に減少していき、そして――残ったチームはトレーニングジムと八百屋と、エミリーマートだけとなった。
「うーむ……」
「どうしたのさ、ジューイチ?」
午後の決勝競技に向けて、昼食のサンドイッチをいただいていた俺はある疑問を抱えていた。それは――コンビニなら魂美人、八百屋ならビタ民、それでは選ばれしトレーニングジムの人間は、なんと呼ばれているのだろうか。気になった俺はロコに尋ねた。
「選ばれしジムの人間ですか? 秘密結社界隈では、ジム員と呼ばれるそうです」
そういうわけで、決勝競技はビタ民、ジム員、そして魂美人たちによる死闘が繰り広げられることになりそうだ。うーん、何だろう。緊張感に欠ける状況だなぁ。
「よくやった、皆の者。午前の競技、大活躍であったそうではないか」
「エミリーさん!」
体調が回復したのだろうか。フェルトに連れられて、エミリーがレジャーシートの近くにやってきた。お手拭きで手を拭くと、マイに差し出されたサンドイッチを食べ始める。
「体調は問題ないのか?」
「もちろんだ。フェルトの看病で回復したぞ。ありがとう、なのだ」
「お嬢様はやはり睡眠不足だったようで、少し眠って、元気になりました。これで競技に参加できますね、お嬢様?」
俺たちにスポーツドリンクとタオルを差し出しながら、嬉しそうにフェルトがエミリーに問いかけるが、穏やかであったエミリーの顔が、すぐに曇った。
「いや、我は応援に徹しようと思う」
「どうしてさ?」
「マドカやマイたちが頑張ってくれたのに、決勝だけ我が参加するなんて、図々しくないか? 美味しいところだけ、かっさらうような真似はしたくないのだ」
「そんなことありません! 元気になったのなら、エミリーさんは競技に出るべきです!」
「だって皆、我がいなくても――脱落せずにここまでやり遂げているではないか」
「それは皆、エミリーのために!」
「しかし、だな――」
どこか卑屈になっているエミリー。彼女にしては珍しいことである。やはり、首領としての在り方や、主人公としての在り方について悩んでいるのは本当であったようだ。
「エミリーは教えてくれたよな? 『世界がキライなら、私のモノにしてしまえ』って、教えてくれたよな? 今、エミリーは世界に目を背けている。バイトを始める前の俺と同じだ。世界征服をしたいんだろ? 新たなる常識になりたいんだろ? 俺はそういうところにエミリーの首領らしさを感じたから、主人公のモデルにしたんだ!」
「ジューイチ……」
「だけど、首領らしさから――この結社から目を背けるということは、ここに集まった皆のことを裏切ることと同義だ。そういうことをするなら、俺はもう帰るぞ」
エミリーの理念に基づいて集っているのに、そのエミリーが理念から目を背けるならば、少なくとも俺にはもう、この運動会に参加する理由が無いということになってしまう。
執筆のための取材なら、もう十分だし、帰って執筆作業でもしていた方がマシだ。
「ま、待ってくれジューイチ……」
「悪かったな、エミリー。主人公のモデルなんかにして、プレッシャーを与えて」
「ち、違う! そんなことは――」
「あはは! 良いことを聞きましたわ!」
そこには笑い声を上げながら、こちらを見るビバーチェ黄昏が立っていた。ビバーチェは何か面白いものを見るような目で、エミリーを見ている。何の用だろうか。
「あなたが運動会に参加しないのなら、ようやくワタクシも動けそうですわ」
「どういう意味だ?」
「こういう意味、ですのよ!」
遠くから誰かの悲鳴が聞こえる。そこにはフェルナンドのおっさんを筆頭に、八百屋のビタ民たちが、観客やジム員たちを襲っていた。大根やネギの形をした刃物で、周囲の人間たちを襲撃していたのだ。これは、まさか――確実に、ビバーチェの仕業だ。
ビバーチェ黄昏が以前のように、八百屋の人々をポイントカードの力で暴走させているのだ。何故、味方であるはずの八百屋のビタ民たちを暴走させているのだろうか。
「何が目的だ?」
「目的? そんなものは存在しません! 世界が嫌い、それだけです! だから混乱でこの世を支配したいと思った! ただ、それだけのこと!」
「それがお前の世界征服だとでもいうのか」
「何です? 早くご帰宅なさっては?」
「気が変わった。この状況を見て、帰るわけがないだろう。俺にも魂美人としての誇りがあるのでね。首領が迷いを抱えていたとしても、俺は俺のやり方で行かせてもらう」
シンギュラー・ポイントカードを掲げて、レジスタンス・レジスターを呼び出す。
『ポイントカードをヨミトリーダ!』
特異点武装、モップ・ステップ・ジャンピングを顕現した俺は、太刀のように振り回しながら、会場を綺麗にしつつ、暴走するビタ民の集団に飛び込んでいく。
「僕たちも!」
マドカたちも各々特異点武装を顕現して、ビバーチェに攻撃を仕掛けていく。
「皆……」
「大丈夫だよ、エミリー。ビバーチェさんは僕たちが――」
「僕たちが? 何ですって?」
俺がビタ民の集団に対処しながら、距離を取るために、下がった時であった。
ふと、視線をマドカたちの方へ向けた時、見えたのだ。ビバーチェは二つのドレッシングのボトルを取り出したのを。次の瞬間、ボトルの先端から鋭利な刃物が飛び出していた。
あれは――双剣か? ハンマー・プライサーでは、ないのか?
「菜断双剣ゴマ・ド・レェ! まずはあの男から斬り刻みなさい!」
「マドカ、避けろ!」
「遅いですわ!」
『御休民野菜奥義!』
「ダンシング――ドレッシング!」
ビバーチェが社交ダンスを踊るように、双剣でマドカの身体を斬り刻んでいく。そして天へ斬り飛ばされたマドカを追いかけるように、ビバーチェが宙へ舞う。
「セサミ・セミ・ファイナル!」
そして、トドメの二連撃でマドカを地面に叩きつけた。
「ま、マドカ?」
エミリーがマドカに呼びかける。
返事はない。地面に倒れたまま、動かないマドカ。どうした? 何故、返事をしない。




