#42 ヒトに戻れなくなるよー
そして迎えた運動会当日。俺たちは会場にて、点呼を取っていた。
今日、運動会に参加するエミリーマートのユカイな仲間たちはこちら――エミリー、マドカ、ロコ、マイ、フェルト、そして俺だ。店長や苗木さんたちは店でシフトに入っている。代表として俺たちが選ばれた――というか参加希望を出したら店長がシフトを調整してくれた。ありがたいねぇ。
「つまり、ワールド・イズ・マインのメンバーが総動員でこの運動会を戦い抜くわけだな」
「気合が入っているね、ジューイチ」
「まあ、俺は借金生活時にこういう行事に参加するための、心の余裕が無かったからさ――要するに今日の運動会は楽しみというわけだ」
「ジューイチ……うん、今日は頑張ろうね」
そうだね、フェルト。体調や怪我に気を付けながら、ベストを尽くそう。
「パンもお昼ごはんとしていっぱい持ってきたからねー。サンドイッチ祭りだよー」
「わあ! 美味しそうです!」
「ありがとう、委員長。ね? エミリー」
「うむ……」
マドカが声を掛けているが、エミリーはどこか上の空だ。心配そうな顔で、マドカがエミリーに近づいていく。そして彼女の顔を見た途端、マドカの表情は険しくなった。
「まさか、エミリー! 昨夜寝ていないでしょ!」
「い、いや? そんなことは――」
「こんなにフラフラしていて、誤魔化せると思わないでよ? エミリーは昔からこういう行事の前に眠れなくなるの、僕は知っているよ」
「お嬢様、こちらへ。日陰で少し横になっていましょう。お嬢様が参加する競技まで時間がありますので――」
「う、うむ……わかったのだ」
フェルトに連れられてエミリーは、休憩所として設営されているテントの下へ向かう。
そんなエミリーを見て、ロコは呟いた。
「だ、大丈夫でしょうか、エミリーさん。最近、悩んでいたようですし、疲れが溜まっているのかも――」
「エミリーが悩んでいた? どういうこと、ロコちゃん」
マドカが驚きの声を上げる。幼馴染であるマドカでも気付けなかったエミリーの悩みとは一体何なのか。マドカに促され、ロコは語りだした。
「エミリーさん、最近は自身の主人公としての立ち位置に悩んでいたみたいで――」
「もしかして、俺が小説の取材をしたから?」
「そうとは限りませんが――エミリーさんは皆さんの期待や羨望を一気に背負いすぎてしまうことがありますから――良き首領としての在り方に、日々悩んでいたのかも」
「何故、僕たちに相談してくれなかったんだ、エミリー」
ロコの言葉を聞いて、肩を落とすマドカ。エミリーの悩みが衝撃的であったのだろう。
「え? そりゃ、好きな人には――」
「わぁ! 委員長! それをマドカに言ってはダメだ!」
「え? そうなの?」
「そうですよ、マイさん! エミリーさんはアレでも隠しているつもりなのですから!」
「ん? あぁ……そうだね。エミリーは隠しているつもりだね――」
何かを悟ったような顔で、マドカは溜息を吐いている。エミリーがマドカに悩みを相談しなかったことが余程堪えているのか、こちらの声はあまり聞こえていないようだ。
「まあ、マドカさんには筒抜けなのですが……じれったいですね」
「とにかく運動会が――参加する競技が始まるまで、エミリーにはゆっくり休んでもらうしかないだろう。エミリーが参加する競技って、何だ?」
「えっと――パン食い競走とか、大玉転がしかな?」
「体調不良のエミリーにその競技は酷だ。体調が回復するまで、できる限りエミリーの代わりを俺たちで回していくしかない――行くぞ、皆!」
「応!」
さて、最初の競技は――準備体操か。ん? 準備体操って、競技に入るの?
「何を言っているのさ、ジューイチ! 準備体操をしっかりしないと、減点されるよ!」
どうやら運動会はもう始まっているようだ。自分に合った、適切な準備体操をしよう。
「ラディオ体操第九! ニ短調第四楽章!」
司会の人がそう叫ぶと同時に、音楽が流れ始める。ラディオ体操なら、俺でもできるぞ――え? 第九? しかもニ短調第四楽章だと? それは知らない。なんか混ざっている。
「坊主。この運動会は初めてか? ならば教えてやろう」
「あ、フェルナンドのおっちゃん。こんにちは」
いつの間にかフェルナンド曙さんが俺の隣に立っていた。やはり、八百屋も参加しているのだろう。ファンタスティック・ドーンとの対決は避けられそうにないようだ。
「おう、こんにちは――ラディオ体操第九、ニ短調第四楽章は、全身を使って喜びを表現する体操だ。筋肉を徹底的に痛めつけて、喜ばす! ふん!」
だからといって、ここまで徹底的にスクワットとか、腹筋とか、やる必要ある?
「この運動会参加者の六割はこの準備体操で脱落する! 真の強者を選定しているのだ!」
なんということだ。やはり編集者の言う通り、この町の運動会はどうかしている。
「ジューイチ――ここは任せてもらうよ」
マドカが前に立ち、静かにフェルナンドさんを見据えている。やめろ、マドカ! お前の華奢な身体ではフェルナンドさんに敵うはずがない――
「そういうジューイチはバーベル何キロ持てるのさ――ふぅっ!」
瞬間、マドカの上半身に纏われていた体操服が弾け飛ぶ。体操服の下から現れたのは、綺麗に割れた腹筋であった。え? 合成写真か? 否、現実である。
「以前、筋トレアニメにハマってね? それ以来、筋トレを続けているのさ!」
「はああああああっ? アニメにハマったからって、その腹筋はありえないだろ!」
「ジューイチ、何事も向上心が大事だよ。僕はエミリーにふさわしい男になるためなら、手段を選ばないのさ。ちなみに第九の方も、アニメで予習済みだから、安心して」
謎のポージングを決めながら、フェルナンドさんの前で威嚇するマドカ。
「勝負です、フェルナンドさん!」
「小僧! 面白い! いざ――」
フェルナンドさんがポーズを決めると、マドカも同じポーズを決める。乱れぬ同調によって、会場のボルテージが上がっていく。マドカ、仕上がっているじゃないか!
「マドカさん、筋肉とのシンクロ率が四百を超えています」
「やめてーマドカくん。ヒトに戻れなくなるよー」
そもそも準備体操の時間ではなかったのか? ボディビル大会になっているぞ?
「はい、そこ! 真面目に体操しないから減点します!」
司会の人に怒られてしまった。減点によって運動会の原点を思い出した俺らは、その後真面目に準備体操をした。身体が程良くほぐれて、気分が良くなった。準備は万端だ。
「それでは競技を始めます。まずは選手先制です――」




