#40 その言葉を待っていた
「皆、トーリの店舗で働いてくれているのかぁ。いつもありがとうね」
「あ、いや――こちらこそ働かせていただき、ありがとうございます。本当はもう一人仲間がいるのですが、パン屋の手伝い中でして――」
「パン屋? もしかして、山崎さんのお店かな?」
「マイさんのパン屋をご存知なのですか?」
「あの店のパンは美味しいからね」
笑三さんが淹れてくれた紅茶を飲みながら、フェルトが持参したお菓子をいただく俺たち。そういえば笑三さんはどうしてこの時間に、家へ帰ってきているのだろう。
「ん? ああ――私はテレワークが多くてね。家事もしやすいし、家の方が落ち着くから」
「へー、ご自宅から県内各所に指示を出しているわけですか。何だか陰の支配者って感じがして、カッコイイですね」
俺が呑気にこのようなことを述べると、マドカが慌てて口を挟んでくる。
「こら、ジューイチ! 笑三さんに何てことを言うのさ」
俺は笑三さんを敬ったつもりで、このような発言をしたのだが、失礼であったのか?
「ははっ、マドカくん。彼は面白い子だね」
そんな俺とマドカの心配を他所に、笑三さんは笑っている。
俺が、面白い? 面白いのは俺自身ではなく、俺の創作物そのものであってほしいと思うことは贅沢な悩みなのだろうか。ここは素直に嬉しく思っておこう。
そうだよな、マドカ?
「彼は面白いとかの問題ではなく、一周回った変人です」
さらっと酷いことを言うね、マドカくん。友人として、ちょっと悲しいぞ。
「君、名前は何だっけ?」
微笑みながら笑三さんが俺に名前を聞いてくる。ここは、何と答えるべきか。
「本名を名乗るべきか? それとも秘密結社のコードネームを名乗るべきか?」
「そんなことを悩んでいないで早く答えてよ、ジューイチ」
「せ、瀬分重壱です。皆にはジューイチと呼ばれております」
マドカに急かされ、俺は慌てて笑三さんに答えた。すると笑三さんは首を傾げた後、何かを思い出したようで、俺に詰め寄る勢いで、さらに尋ねてくる。
「もしかして――『テリヤキ=チキン・フランスパンの冒険』の作者さんかい?」
「え? 俺の小説を知っているのですか?」
「うん! 娘がファンでね」
へー、娘さんがファンですか。俺の小説のファン。いやぁ、嬉しいですね――え?
娘さんって――エミリーのことだよな? エミリーが、俺の小説のファン?
「何がおかしい、ジューイチ」
「エミリー、それなら早く言ってくれよ! 執筆モチベーションの向上に繋がったのに!」
「言ったら調子に乗るだろう。だから黙っていたのだ」
「そうだね。ジューイチは調子に乗るね、間違いなく」
「調子に乗り乗りの極みですね」
周囲から俺への信頼の無さが露呈してしまった。否、確実に調子に乗ると思われているということは、逆に考えて、ある意味信じてもらえていると思って良いのでは?
「ジューイチのポジティブなところ、好きだよ」
フェルトもこのように言ってくれているし、何事も前向きが一番だね。
「エミリーが塞ぎ込んでいた時期に――エミリーと同年代の君が書いた小説を買ってきて、読ませたんだ。そしたら元気になって、『自分もテリヤキみたいに仲間とともに冒険する』と言い張ってね。それで秘密結社を設立したわけだけど――」
「父上、余計なことを言わないでほしいのだ」
「エミリー、仲間たちに隠し事をするのは、首領としていかがなものかな?」
「ぐっ、そう言われると困るのだ」
エミリーはバツの悪そうな顔で、笑三さんを睨む。彼女にしては珍しく歯痒い顔だ。
そのようなエミリーに対して、笑三さんは言葉を続けていく。
「せっかく結社を立ち上げて、仲間を集めたのに、その仲間に隠し事をするのはやめた方が良いと思うけど?」
「わかった! わかったのだ! だからあまりベラベラと余計な事を言わないでほしいのだ! 我の威厳が失われていくような気がするから、やめてほしいのだ!」
「ふふん。それは今後のエミリー次第かな?」
「どういう、意味なのだ?」
「なに、娘の世界征服を応援しているということさ。さて――」
笑三さんはティーカップをテーブルの上に置くと、席から立ち上がった。そろそろお仕事に戻るのだろうか。俺たちの存在が邪魔になっていなければ良いのだが。
「皆、エミリーのことをよろしく頼むよ。娘は意外と寂しがり屋だ。幼い頃に母親を亡くしてから、しばらく塞ぎ込んでいたけど――こうして仲間も増えて、本当は嬉しくて仕方ないからさ。皆のことは家族同然だと思っているはずだ」
エミリーは家族を欲しがっていると、以前マドカから聞いた。
俺たち結社の仲間たちを家族同然だと思ってくれているなら――それは光栄なことであるし、嬉しく思う。他の皆も同じ気持ちだろう。特にマドカは――
「モノローグの最後の方に余計な一言を追加しないでほしいんだけど?」
「照れちゃって! マドカってば、可愛いところあるんだから!」
「はい! テレテレの極みですね!」
「照れすぎて、まるでテリヤキ=チキンのようです」
「ロコちゃん、それにフェルトさんまで――なんか、調子狂うなぁ……」
「お! ついにマドカがデレた!」
「ジューイチ……君にはしばらく、昼休みは一人で過ごしてもらおうかな」
ひとりぼっちは嫌だ! ひとりぼっちは嫌だ! 昼休みの孤独は俺に突き刺さるから、そういうことを冗談でも言わないでほしいものだ。頼むよ、本当に。
「なら君も――冗談でもそういうことを言わないでほしい」
「おや? マドカくん、ウチの娘はそんなにも魅力が無いかね?」
「そういうわけではないです」
「もっと自信を持ちたまえ。私はいつでも君を歓迎する――それでは仕事に戻るよ」
今度こそ、笑三さんは自身の部屋へ戻って行った。
娘であるエミリーと同じく、笑三さんは嵐のような人であった。一見すると普通のお父さんのようにしか見えなかったが、娘を思う気持ちは一般のお父さんたちと比べて群を抜いているし、何よりも家族を思う気持ちが、そのままエミリーマートの社員や店員たちにも同じように注がれている。それがわかっただけでも、社長である笑三さんと出会えたことに意味があったと言えるだろう。今日の取材は有意義なものであった。
「エミリー」
照れくささでいっぱいになっているエミリーに、俺は声を掛ける。
「な、なんだ。ジューイチ?」
笑三さんの話で、エミリーが皆を家族同然に思ってくれていることがわかった。
ならば――
「この場合、家族構成はどうなるんだ?」
「何を言う。マドカがお父さんポジションに決まっ――」
「わあああああっ! それ以上、言っちゃダメだ!」
この後、誰がどのポジションに就くかで少々モメたのだが、その説明は――また別の機会にする。ちなみに俺はヤンチャな次男坊ポジションであった。
長男はどこへ行ったのだろう。
「まあ、真面目な話をすると――俺たちはエミリーの仲間だからさ、もっと首領らしく頼ってくれて良いってことを、伝えておく」
「ジューイチ、お前――」
エミリーは一呼吸を置き、何か一瞬思考を張り巡らせたような態度を見せた後、俺たちに宣言する。さあ、言ってくれ。俺たちの首領。俺たちの征服王。
「今度の商店街対抗の運動会についてだが――我はビバーチェ黄昏に宣戦布告をしようと思う。フェルナンド曙が運動会出場禁止命令を出すとしても、ビバーチェは必ず出てくる。我はそう思っているから」
「その言葉を待っていた」
俺が頷くと、マドカたちも揃って頷いた。
秘密結社ファンタスティック・ドーンの幹部、ビバーチェ黄昏。最近の彼女の動向は極めて異常であり、脅威である。このままだと古座市の治安維持に問題が発生する勢いであり、秘密結社の活動にも支障が出る。彼女の暴走を止めなければならない。
「俺も小説執筆のためのみならず、皆のために戦い抜くと誓うよ、エミリー」
「僕も君とともに戦うよ、エミリー」
「わ、私もです!」
「ふふっ、頼もしいですね皆様」
『もちろん、私も参加させてもらうよー』
不意にフェルトのスマホから、マイの声が発せられる。
「い、委員長?」
フェルトと電話が繋がっていたようだ。スピーカモードでマイの声が室内に響く。全部話は伝わっているのだろう。どうやらパン屋の手伝いが一段落したらしい。休憩中だ。
『皆、エミリーの仲間だからねー。大船に乗ったつもりでいてー』
「皆――ありがとうなのだ」
不安そうで寂しそうであったエミリーの表情が、一転して明るくなる。いつもの笑顔だ。
これなら、もう安心して良いだろう。この不敵な笑みを浮かべるエミリーは――最強だ。
「【コンキスタ・エミリー】がここに宣言する! 我らワールド・イズ・マインは『世界がキライ』の言葉の下に集った、魂美人の征服者だ! 運動会だろうが、ファンタスティック・ドーンだろうが、負けるはずがない! 勝利あるのみなのだ! そうだろう、皆の者?」
「もちろんだ、我らの首領!」
「よろしい。それでは運動会当日に集合せよ――本日は解散だ」
エミリーの宣言を聞いて同調した俺たちは、その気合を一旦胸に仕舞って帰路へ着くのであった。駅前商店街対抗、春の運動会まで、あと五日――




