#39 どこのドイツだ?
「だからといって、私とエミリーさんが放課後遊ぶだけの約束にまで付いてくる必要はないと思いますが――小説家のお仕事って、大変なのですね?」
その日の放課後。ロコが何かを疑うような目で俺を見てくる。
どうやらエミリーとロコは放課後に遊ぶ約束をしていたようで――取材として付いてきた俺の存在が鬱陶しいのだろう。ロコのように述べるならば――
「この状況は――ムカムカの極みか? ロコ」
「いえ、そういうわけではないのですが――女子高校生に付き纏う男性って、ちょっと危ない雰囲気ですよね? 通報されても私たちは助けませんからね?」
「ははっ、まさか。そう簡単に通報されるわけがないだろ。俺たちは同年代だし、先輩と後輩が仲良く遊んでいるようにしか見えないだろ」
安心しきった声音で、俺がロコに言葉を返していると、隣でマドカがスマートフォンを操作し始めた。はて? 何か調べ事だろうか。それともアイデアでも浮かんだのか。
「もしもし、警察ですか? ここに女子高校生が二人いて、その近くに様子を窺っている怪しげな男が――」
「いや、お前が通報するのかよ、マドカ」
マドカのスマートフォンを取り上げ、通話を切ると、すぐにそれをマドカへ返す。
本当に警察へ連絡していたわけではないだろう。マドカは時報を聞いていただけだった。
「紛らわしいヤツめ」
まあ、マドカなりのお茶目だろう。そういうことにしておいてやる。可愛いヤツめ。
「しかし、このように取材が付いていると、落ち着いてエミリーさんと遊べませんね」
ロコの気持ちもよくわかる。逆の立場ならば、同じ気持ちであっただろう。
「なら、我の家へ来るか?」
「え? エミリーの家?」
エミリーのご実家に招かれるということは、エミリーマートの社長宅にお邪魔するということと同義である。マドカやロコならばともかく、俺を招いても良いのだろうか。
「何を言っている。貴様だって我の結社、その一員であり、エミリーマートの大切な従業員だ。父上がダメだと言うはずがないだろう」
「しかし――」
「それに一企業社長の家に招かれる機会はそうそう無いと思うが? 貴様の取材にもなると思ってこちらは提案しているのだから、何も気にしなくて良い。まあ、どこまで小説執筆の参考になるか、わからんがな」
「エミリー、ありがとう」
「エミリーの家を見たら、ある意味驚くかもね。ある意味」
そ、そんなにもエミリーのご実家は豪邸なのか? な、何だか緊張してきたぞ!
「もちろん、ロコも付いてきてほしいのだ」
「やった。ありがとうございます、エミリーさん」
こうして急遽、俺たちはエミリーの実家へ向かうことになった。
エミリーが呼んだフェルトの運転で――エミリーの実家へ車で向かった俺たちは、古座市内のとあるマンションの前に辿り着いた。さぞかし大きなタワーマンションだと思ったが――この辺りに大きな高級タワーマンションがあるという話を聞いたことがない。
「ん?」
「どうした、ジューイチ? いつもアホ面だが、今日はいつにも増してアホ面だぞ?」
さりげなく酷いことを言ってくるエミリー。それがゲストに対する態度かね?
「あ、いや――屋敷とかだと思っていたからさ。一般家庭が住むようなマンションの一室に案内されて、少し驚いたというか――」
「だから言ったでしょ? ある意味驚くよって」
「ああ、マドカの言う通りだった」
呑気な発言をした俺に対して、エミリーが溜息を吐いてから、説明してくる。
「ジューイチ、貴様は社長の家というものに幻想を抱き過ぎだ。我の家はどこにでもいる一般家庭だぞ? まあ、母上はいないけどな――」
寂しそうに最後に言葉を付け加えるエミリーの顔は、少し暗かった。
エミリーの母は、エミリー自身が幼い頃に亡くなったと以前聞いたことがある。それ故にエミリーが家族を欲しがっていることも知っている。マドカが教えてくれた。
「エミリー、俺たちみたいな仲間がいるんだからさ――その、元気出そう」
「ジューイチ……」
「ジューイチの言う通りです、お嬢様。私たちが付いております」
車を駐車し終えたフェルトがやってきて、俺の発言を後押ししてくれる。
「そうだよ、エミリー」
「はい、私たちは仲間です」
「フェルト――皆、ありがとうなのだ」
寂しそうであったエミリーの表情が、一転して笑顔に変わる。
やっぱり、エミリーは笑顔が一番だね!
「それでは――我が家へようこそ、なのだ」
エミリーがドアを開け、皆を招き入れる。
ちなみにマイは実家のパン屋を手伝っている最中であり、決して俺たちが除け者にしたわけではないので、悪しからず――当のマイ本人は、
『パン屋差別だー』
と電話で叫んでいたが、埋め合わせは今度しよう。
あ、フェルトとパン屋デートをするのも良いな。ほらフェルト、クロワッサンだよぉ――なんて俺が考えながら真戸家の廊下を歩いていた時、ある一室の扉が開き、俺の顔面にドアが直撃した。痛い、痛すぎる! 十万石饅頭!
「それを言うなら、『美味い、美味すぎる!』でしょ? ジューイチ、大丈夫?」
マドカが言った『大丈夫』が俺の顔面を指すのか、頭の構造を指すのか定かではないが――今の、痛かったぞ! 全く、俺の面白い顔が崩壊したらどうするつもりだ?
どこのドイツだ? バイエルンか? バーデン=バーデンに沈めてやる!
「おや。君は? 大丈夫かい?」
そこには――どこにでもいるような、一般男性が立っていた。
オーラだの、威厳だの一切感じないし、感じられない。強いて言えば、どこか優しそうな雰囲気を感じた。まさか、この人が――
「はじめまして。エミリーのお友だちかい? 私は真戸笑三。エミリーの父です。よろしくね」
そう、こちらの男性こそがエミリーの父にして、エミリーマート社長――即ち、真戸笑三その人であった。




