#37 あはは、締切?
「と、いうことがあったんですよ! いやぁ~、誰かを好きになるって、こんなにも素晴らしいことだったんですねぇ! どうです? 編集さんも恋をしたら、どうです?」
『ガキが! 何セクハラ染みたことを言ってやがる!』
その日の夜。今日の出来事を小説のネタ帳に書き記し、満足感に浸っていると、出版社の担当編集者が俺に電話を掛けてきたので、事の顛末を浮ついた気持ちで伝えてやった。
しかし、担当編集者は眉間に皺を寄せたような声で、俺に叫んだ。
『あのな? 私は新作小説の進捗について聞いているのです! お前――こほん、瀬分先生の恋バナとか、婚約報告とか、心底どうでも良いです。締切を守れ、と言いたいのです』
「あはは、締切? まだ大丈夫ですよね?」
『二週間後だぞ?』
「やべ」
『どうせ一字も書けていないんだろ? そうですよね?』
「い、いや? 書けてはいますよ? ただ内容が面白くないだけで、文字数自体は毎日増えているので、いずれ終わりに近づくはずです」
『言い訳が好きだな、お前は――良いか? 小説が面白いかどうかは編集部や読者が決める。お前はお前の『面白い』を信じてとりあえず最後まで書き切ってみせろ』
「そんなことを言われても……えー」
『ちなみに今、どの辺りだ?』
「えっと、第四章まで書き終わりましたが――まだ第五章の構想中というか、取材不足というか……」
『何だ、もうすぐ書き終わるじゃないか――瀬分先生は今回最初にエピローグを書き終わっているのですから、そのエピローグに繋がる着地点を目指してください』
「うーん、話のアイデアはあるけども、細かい描写が洗練されていないというか、リアリティが足りないような――読者の大半がそろそろ飽きてきているのでは?」
『なら飽きていない僅かな読者のために、物語を完結させてください』
「でも――」
『そんなことでは、世界征服ができませんよ?』
「え――」
『なんて――この小説のキャラみたいに言ってみただけです。それでは――』
編集者は言いたいことだけ言って、一方的に電話を切った。
この小説のキャラクターみたいに、ねぇ? うーむ……。
「この物語は――フィクションのはずなんだけどなぁ……」
やはり、エミリーマートでの出来事を参考にしているから、ネタとしてはリアリティがあるけども、俺自身の描写力というか、文章力が足りていないせいで、せっかくのネタが台無しになっているような状態である。例えるならば、鮮度抜群の寿司ネタを仕入れ、お寿司を握っていたはずなのに、何故かハンバーグを焼き終わっていたような感覚。
この小説、プロローグから第一章まではちゃんとコンビニ店内が舞台になっているのに、第二章から少しずつ話がブレてきているというか――俺はコンビニの話を書きたいのか、世界征服を目指す秘密結社の話が書きたいのか、読者に伝わりにくくなっている。
俺の迷いが、そのまま文章に表れてしまっているのだ。
「推敲して、中身を書き換えるか? いや――」
文章を修正するだけならば、まだ良い。しかし、物語を大幅に改変してしまうのは、今までのエミリーマートで過ごした日常を、否定することに繋がってしまうのではないか。
「ははっ、この小説の主人公が聞いたら――エミリーが聞いたら、俺は叱られるだろうな」
何か、この新作小説第五章の――この物語の山場となる大きなイベントでも起きれば、それをアイデアにして、物語を完結させることができるのだが――何かないか。
「そうだなぁ、エミリーをモデルにした主人公が、主人公らしく活躍できれば良いけど」
一先ず、インフィニ茶を飲んで、一息吐くか――そう思い、カップに手を伸ばした時、机の上にあった小説の資料、その束が崩れて床に落ちる。紙の束を拾い上げるために、床へ視線を移すと、そこにあった一枚の紙が気になった。
それは――今度行われる、商店街対抗の運動会のチラシであった。
「こ、これだ!」
運動会についての伏線は今までも張ってきたし、何よりも秘密結社の首領として、エミリーマートの代表として――エミリーが主人公らしく活躍してくれるはずだ。
「え? でも――」
それは俺の小説執筆のために、エミリーを――我らの首領を、利用するということ。それならば、その旨を伝えた上で、きちんとエミリーの許可を得て、取材したい。
「見せてもらうか、【魂美人の征服王】の行く末を」
明日、学校でこれらを伝えてお願いしよう――そう思った俺はマドカにスマートフォンでメッセージを送り、エミリーとの話し合いの場を設けてもらうのであった。




